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    <title>押村高ゼミ　ブログ</title>
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    <updated>2012-02-06T14:06:08Z</updated>
    <subtitle>青山学院大学国際政治経済学部
押村高ゼミのブログです。</subtitle>
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    <title>2012/1/10 最後のゼミ内容</title>
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    <published>2012-01-10T13:22:26Z</published>
    <updated>2012-02-06T14:06:08Z</updated>

    <summary>こんにちは、ブログ係の針替です。 挨拶が遅くなってしまいましたが、新年明けまして...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは、ブログ係の針替です。</p>

<p>挨拶が遅くなってしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。<br />
OB・OBのみなさま、そしてこのブログを見てくださる全ての皆様、今年も押村ゼミをよろしくお願いします！</p>

<p>さて、いよいよ16期先輩の率いる今年のゼミの授業も今日で最後となってしまいました。。とても悲しいです！<br />
 <br />
まず4限では、先生にゼミ1年間の総まとめのお話をしていただき、その後3年生で質問やディスカッションを交わしました。<br />
 <br />
集団のアイデンティティー（ID）とは我々とその他の境界です。それはどうやって形成されるのでしょう？<br />
 <br />
リアリストのIDアプローチだと、IDは国籍や国土に依拠しており、IDは固定的、絶対的であり変わらないと考えます。よってIDの衝突というのは免れないというのがリアリスト的な視点です。<br />
 <br />
しかし、先生の立場は、IDは環境やコンテクストで変わりうる、というものです。IDは過程・プロセスで形成されるので、例えばIDアプローチによって紛争を解決することができます。<br />
 <br />
私たちは、"IDは変わりうる"という事実を、ゼミの発表を通してたくさん学んできました。<br />
そもそも国際社会は人によって成り立っています。<br />
その人が持つIDによって、国際問題の解決がなされ得ることを、私たちは一年間を通じて学ぶことができました。<br />
 <br />
また、現在の日本について学んだことをおさらいしました。<br />
戦後の日本は、欧米諸国を目指し、生存をするため、経済力で突出することに成功した国です。<br />
その経済発展ができた理由として、当時の国際状況に恵まれていたことが言えます。<br />
そのころ世界の半分は共産主義国であり、現在と比べても競争相手が少なかったからです。<br />
そして、米国との安全保障体制により、軍事費にお金を注ぎ込む必要もありませんでした。<br />
つまり、日本の経済発展は６０～８０年代の特殊な状況の中で生み出されたものなのです。<br />
 <br />
よって現在の私達は、かつてのように単に経済発展を目指すだけではいけないのです。<br />
現在競争相手が増え、その多くは途上国です。そういった途上国に勝つというモデルがない状態が現状です。<br />
 <br />
次に、日本の平和思想についてですが、9条を誇っても、誰もその日本の姿をモデルにした国はありません。<br />
他国との関係で、ロジカルに平和運動をしないと他国に誇れないのではないか、世界が認める方法で誇りを持たないといけないのではないか、と先生はおっしゃっていました。<br />
 <br />
今回の授業では、一年間学んできたことの整理ができ非常に有意義な時間でした。<br />
ゼミ生全員が、押村先生の下で学んでいる幸せを改めて感じたのではないでしょうか！<br />
 <br />
 <br />
そして5限は、最後の3年、4年一緒の授業でした。<br />
まずは4年生に就職活動のアドバイスをいただきました。私達3年生にとっては本当にありがたい時間で、いろいろな質問に答えてもらいました。<br />
4年生が就職活動をしていた頃は震災もあり、大変な苦労があったと思います。そんな4年生達に、私たち3年生は多くのエールをもらい、とても勇気づけられました！<br />
 <br />
そして4年生一人一人、最後のコメントをしてもらいました。<br />
 <br />
本当に実感がありません。これで16期、17期の授業は終わりなんて信じられません。<br />
一年というのは本当にアッと言う間です。<br />
もっと4年生と話したかったというのが3年生の本音です。</p>

<p>4年生のみなさん、本当にありがとうございました！卒論の追い上げ頑張ってください。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第9回インカレ国際セミナー「東アジア共通の家　～市民社会と連帯～」</title>
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    <published>2011-12-21T15:36:16Z</published>
    <updated>2012-02-06T14:08:12Z</updated>

    <summary>4年の金子です！ 先日12月9日（金）～11日（日）にかけて開催された、第9回イ...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="04.イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>4年の金子です！</p>

<p>先日12月9日（金）～11日（日）にかけて開催された、第9回インカレ国際セミナー「東アジア共通の家　～市民社会と連帯～」に参加してきましたので、ご報告させて頂きます。</p>

<p>今回で９回目となるこのセミナーは、押村先生も組織委員として発足当初から関わられているもので、毎年多くの学生・院生・社会人が国際問題について議論を交わします。会場は、夏に開催されたUNUグローバルセミナーと同じ湘南国際村です。</p>

<p>今回は3.11の震災を受け、「市民社会と連帯」というテーマが設定されました。<br />
このテーマの下、日本・東アジア間の文化交流やNGO活動に関する基調講演と、5つのセクション（「東アジアの経済協力」「アジアの平和と安全」「アジアの市民社会とNGO」「人間の安全保障～環境破壊と自然災害～」「文化とネットパワー」）から成る分科会活動の２本立てでセミナーが進行しました。</p>

<p>分科会活動は、5つのセクションがそれぞれチームに分かれ、講師の先生方のもと議論を重ね、最終日にセクションとしての提言を発表するという内容です。</p>

<p>結論を申しますと、ハードですが大変充実した2泊3日でした。</p>

<p>まず"ハード"の部分から（笑）</p>

<p>分科会活動での議論のレベルと、参加学生たちのバイタリティが非常に高かったことが印象的でした。<br />
多くの学生が幅広い知識と明確な持論を携え熱をもってセミナーに臨んでいましたので、議論がとても盛り上がりました。<br />
当然その議論に加わるために求められるレベルも高く、刺激を受けつつもその実は必死でした。<br />
特に私の参加した分科会「東アジアの経済協力」は、数値による裏づけや正しい現状認識が不可欠な経済問題を扱っていたため、一層"ハードな"議論が展開されたのではないかと感じます。<br />
余談ですが、分科会によっては明け方近くまで発表準備をしていたところもあったようで、どのチームも相当に熱を入れて取り組んでいた様子でした。</p>

<p>また、英語によるコミュニケーションが必要とされた点も、語学に堪能ではない私にとってハードでした。<br />
今回は韓国・ソルブリッジ国際大学の留学生が多く参加していました。彼らとは英語でコミュニケーションを取るわけですが、とりわけ経済や貿易の個別的事例・専門的知識ついて英語で議論を交わさなければならないことのハードルが高く感じられました。</p>

<p>もちろんこうしたハードな議論は充実した活動に結びつくものです。<br />
最終日に行われた全体発表では、どのセクションも興味深い発表をしていました。<br />
「市民社会と連帯」というテーマに即して、NGO活動や市民レベルでの意識改革といった点に焦点を当てた提言が多かったように思います。</p>

<p>分科会活動同様、基調講演でも大変興味深いお話を伺うことができました。<br />
法政大学の王敏先生からは、ポップカルチャーや倫理観をはじめとしたソフトパワーによる東アジア連携の可能性について、国際NGO団体ワールド・ビジョン・ジャパン事務局長の片山信彦先生からは、東日本大震災における支援活動を通して明らかになったNGO活動の限界と可能性についてご講演を賜りました。</p>

<p>個人的には、海上自衛隊幹部学校教官の下平拓哉先生による、東日本大震災における日米共同災害援助作戦「トモダチ作戦」についてのお話が印象的でした。<br />
「トモダチ作戦」においては自衛隊、米国海軍のみならずNGO団体が大きな役割を果たしていたという内容でした。軍単独では手の行き届かない草の根レベルでの支援を、NGOとの連携によって補完できたことに大きな意義があったとのことでした。</p>

<p>セミナー全体の総括として、やはり東アジア連携におけるソフトパワーの重要性、及びNGOをはじめとする市民活動の可能性がいっそう明確になりました。<br />
政治・経済といったハードパワー面での連携だけを重視することに限界が生じているのが、現代のグローバル社会でしょう。よりスマートな連携の実現のためには、ソフトパワー面での連携が必要です。我々市民こそがソフトパワー面の連携を担うべきであり、同じ志を共有する市民による団体としてのNGOが果たす役割は大きいと思います。<br />
セミナー最後の講評で押村先生は「東アジアに"生かされている"という意識の共有が、東アジア連携に向けた第一歩」と仰っていました。</p>

<p>一つ残念なのは、私の学生生活があと数ヶ月しか残されていないということです（笑）<br />
もちろん社会人生活においても、今回のセミナーでの経験が活きることは多いでしょう。<br />
ですがこのセミナーで学んだことを昇華しきるためには、早い段階で参加して刺激を受け、長いスパンでの自分の学習の糧とすることが必要でしょう。<br />
ですから1・2・3年生の皆さん、是非積極的なセミナー参加を！<br />
と、提言させて頂いて（笑）セミナー報告を終わります。では！<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2011/12/13 ゼミ内容</title>
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    <published>2011-12-18T10:48:49Z</published>
    <updated>2012-01-01T06:02:26Z</updated>

    <summary>こんにちは。針替です！今週は、４限でアメリカの選挙についてのDVDを見て、５限で...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは。針替です！今週は、４限でアメリカの選挙についてのDVDを見て、５限で４年生2人の卒論経過報告をしてもらいました。</p>

<p>４限は、オバマ大統領が共和党と大統領選をする前に、民主党内でヒラリークリントンらと代表争いをしましたが、その時の選挙の一部始終が収められているDVDを見ました。</p>

<p>アイオワ州でオバマが勝利を収め、次の州でも勝利したオバマでしたが、その次でヒラリー候補に負けます。そこで再度奮い立ったオバマは、最終的に民主党代表候補として勝利することになりました。</p>

<p>オバマの演説がどう練りあがったのか、そして選挙を実施するに辺りたくさんのボランティアの応援がなければ選挙活動はできないんだということに気付かされました。</p>

<p>とても貴重なアメリカの選挙の様子が収められているDVDでした。そしてとにかくオバマ大統領がかっこよかったです。笑</p>

<p><br />
５限は卒論報告です。まず高倉さんが、このDVDに関連する内容を卒論テーマにしています。</p>

<p><strong>「移民の国アメリカの現状ーオバマ政権誕生にみるアメリカの人種問題ー」</strong> </p>

<p>「オバマ現象」・オバマ政権の誕生から現代のアメリカの人種問題がどのようになっているおり、どのような影響を受けたのかをみていきたいと考えています。アメリカのマイノリティだけにスポットをあてるのではなく、マジョリティの考え方に関してもスポットを当てていこうと考えています。今回の中間発表では、何がオバマ政権を誕生させたのかを説明しました。大統領に当選する上で重要な選挙戦略と台頭が著しいミレニアム世代に関することを中心に発表を行いました。本論文では、アメリカの人種問題を解き明かした上、オバマ政権誕生でも変わらない現実を取り上げ、今後その現実を変えるための可能性を探っていきたいと思います。</p>

<p></p>

<p><br />
そして最後は関根さんの卒論報告です。<br />
<strong>「人種差別撤廃条約の国内適用について</strong>」</p>

<p>条約の誕生と概要の説明をして、条約の国際社会での位置づけとその条約の締約国に課せられる人種差別撤廃のための義務を説明しました。また、日本の条約批准までの経緯と批准前の日本の人種差別の状況を説明し、条約が日本の人種差別問題にもたらした影響を話しました。具体的には条約は、日本にはマイノリティがいない、異人種がいないために人種差別の問題はないといった日本の一般的な考えが普及していた日本に、マイノリティや人種差別の問題の存在に向き合い、考え直す機会を与えました。</p>

<p></p>

<p>みなさんお疲れ様でした。今日で3年も4年もするべきことをみな終えました！後期も時間が経つのが早かったですね。来週は課外学習です＾＾</p>]]>
        
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    <title>2011年押村ゼミ OB・OG会</title>
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    <published>2011-12-13T18:48:02Z</published>
    <updated>2011-12-21T15:41:03Z</updated>

    <summary>こんにちは。 「そしゃ」でお馴染み、ブログ係の音石です。 12月6日土曜日、押村...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="OB・OG" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>こんにちは。<br />
「そしゃ」でお馴染み、ブログ係の音石です。</p>

<p>12月6日土曜日、押村ゼミのOB・OG会が開催されました。<br />
今回はその模様を写真を交えながらお伝えしたいと思います。</p>

<p>その前に、押村ゼミの18期生、つまり新3年生との顔合わせと、OGの方によるお話がありました。<br />
18期生は、男子3名、女子11名(内4名が留学中)の計14名で構成されています。</p>

<p><img alt="DSC08361.JPG" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08361.JPG" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>この日は「3世代」が揃う貴重な日でもあり、1年前に我々がこの日を迎えたことを思い出して感慨深くなりました。</p>

<p>その後OGの方々に、現在のお仕事並びに就職活動に関するお話をして頂きました。<br />
内藤様(6期)、江藤様(9期)、木村様(10期)、高田様(11期)、藤井様(11期)、そして伊藤様(13期)にお越しいただき、現在のお仕事についてのお話や就活へのアドバイスを頂戴しました。</p>

<p><img alt="DSC08380.JPG" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08380.JPG" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><br />
押村ゼミの優秀な先輩方が社会でもご活躍なさっている姿を見て、ゼミ生としてとても誇らしい気持ちになりました。<br />
特に3年生は就職活動が始まったばかりですので、とてもためになるお話だったのではないかと思います。</p>

<p>在校生は少し緊張した顔合わせを終え、OB・OG会の行われるアイビーホール青学会館に移動しました。<br />
ちなみに今回のOB・OG会は、16期の先輩方による運営で行われていました。<br />
およそ2ヶ月前から先輩方はそれぞれの役割をこなしておられ、当日にキビキビと動く姿はとても頼もしかったです。</p>

<p><img alt="IMGP9265.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/IMGP9265.jpg" width="640" height="425" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>押村先生の衝撃のスピーチ（いずれまたご報告します）に始まり、OGの方による乾杯の挨拶で宴会は幕を開けました！</p>

<p><img alt="IMGP9267.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/IMGP9267.jpg" width="640" height="425" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>会も盛り上がってきた頃には、各期によるスピーチが行われました。<br />
私達が青山学院大学に入学すらしていないどころか、まだ小学生だった頃から押村ゼミで学んでいた先輩方のお話を聞きながら、先輩方の素敵なお話に感銘を受けたり、今では信じられないエピソードに驚愕したりして盛り上がっていました。</p>

<p><img alt="IMGP9286.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/IMGP9286.jpg" width="640" height="425" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>在校生に対してOB・OGの先輩方はたいへんご親切にして頂き、貴重なお話も多々聞けたのではないかなと思います。</p>

<p>途中、出し物も催されたり、某先輩による押村先生のモノマネが披露されたりなどして、終始笑いの絶えない会となりました。</p>

<p><img alt="IMGP9321.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/IMGP9321.jpg" width="640" height="425" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>我々17期生も登壇してスピーチをさせて頂いたのですが、この日押村ゼミに加入したばかりの18期生も自己紹介を行いました。<br />
1期生の先輩方に始まり18期生に到るまで、押村ゼミのバトンがこうして引き継がれてきたことを思い、しみじみとその様子を眺めていました。<br />
18期生の皆さんは恐らく緊張したことと思いますが、とても堂々としていて感心しましたよ！</p>

<p>3時間にも及んだOB・OG会は盛況のまま名残惜しくも閉じることとなりました。<br />
最後は押村先生のお話で閉会...</p>

<p>と思ったのですが、またしても押村先生から衝撃の発表が！<br />
なんと、ゼミ生同士でのご結婚が発表されたのです！<br />
これもまた、押村ゼミが長きに渡って愛されてきた1つの証なのかなと感じました。<br />
このような場で恐縮ですが、心よりお慶び申し上げます。</p>

<p><img alt="IMGP9359.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/IMGP9359.jpg" width="640" height="425" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>以上でOB・OG会に関する報告は終わりです。<br />
続きまして、今回の運営を取り仕切ってくださった16期幹事の片山先輩と、17期幹事の川上くんのコメントを紹介したいと思います。</p>

<p>片山先輩<br />
OB・OGの皆様、先日の同窓会では、速やかな出欠連絡や、会のスムーズな進行にご協力いただき、誠にありがとうございました。<br />
おかげ様で、今年もとても盛大な会を開催することができました。押村先生もとても幸せそうでした。<br />
今回ご参加いただけた方も、残念ながらご都合が合わなかった方も、また2年後にお会いできるのを楽しみにしております！</p>

<p>川上くん<br />
今回はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。<br />
短い時間でしたが、素晴らしい先輩方とお話させていただきゼミ生一同とても刺激になりました。<br />
先輩方が集まるあのような場に出ることで押村ゼミの歴史を実感すると同時に、自分達も先輩方に負けないように、そしてゼミの伝統を作っていけるよう頑張らなければと改めて感じました。<br />
また、多くの先輩方が卒業後もゼミのブログを拝見していただいていると伺い現ゼミ生として嬉しかったです。<br />
これからもブログの方は押村ゼミの今を伝えるべくしっかり更新していきますのでたまには覗いてみてください。</p>

<p>今回を機に先輩方にはお世話になることもあるかもしれませんが、16・17・18期の押村ゼミ生を、そしてこれからの押村ゼミをよろしくお願いします！</p>

<p>最後にブログ係として、私の感想を記して閉じたいと思います。<br />
OB・OGの皆様とお話していて、押村ゼミが築き上げてきた人材という財産、すなわち「材産」を感じずにはいられませんでした。<br />
押村先生、そして素晴らしい先輩方の名に恥じぬような人間に成長していかねばと、身の引き締まる思いでした。<br />
もうすぐ期が交代しますが、先輩方から受け継がれてきた伝統と私達の志を乗せた、新しい風を吹かせていきたいなと思います。</p>

<p>そして今回のOB・OG会を企画してくださった押村先生、16期の先輩方、そして参加して下さった全てのOB・OGのみなさまにお礼申し上げます。</p>

<p><img alt="IMGP9372.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/IMGP9372.jpg" width="640" height="425" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p><img alt="IMGP9379.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/IMGP9379.jpg" width="640" height="425" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>長文になりましたが、お付き合い頂きまことにありがとうございました。</p>

<p>そしゃ<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2011/12/6 ゼミ内容</title>
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    <published>2011-12-10T15:55:53Z</published>
    <updated>2011-12-10T16:10:55Z</updated>

    <summary>こんにちは。 皆さんお馴染み、「そしゃ」こと、ブログ係の音石です。 今週は３年生...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは。<br />
皆さんお馴染み、「そしゃ」こと、ブログ係の音石です。<br />
今週は３年生は生須美輝さん、４年生は古屋沙織さんと新井晴香さんが発表してくれました。</p>

<p>生須美輝さん『クレオールのアイデンティティ』<br />
 <br />
グローバル化が進む中で、世界には○○人というようにIDを明確に規定できない人々が多く存在します。彼らはアイデンティティをどこに見出しているのでしょうか。今回はこのような問いからプレゼンテーションを始めました。<br />
 <br />
クレオールとは①植民地生まれの人間、②植民地で生まれた言語、モノ、文化をさします。プレゼンでは、クレオールという概念が生まれた背景から話を始め、そこにはヨーロッパ文明による「歴史的暴力」があることを説明しました。また、クレオール語が発生するプロセスや、クレオール語に対する認識が「特定言語の誤った使用」という視点から「一つの新しい言語生産行為」へと変化していることなども紹介しました。<br />
 <br />
その後は、クレオール人のIDに焦点をあてて話を進めました。クレオール人のアイデンティティの模索の様子は文学に表れています。まず、それまで西洋の価値のフィルターを通して自らを規定してきたことへの反駁として「ネグリチュード（アフリカ性）」が提唱され、やがてクレオール人は地域の自然や歴史から規定される「アンティル性」、そして最後には自らが体現する複雑さ・多様さという「クレオール性」にIDを見出していきました。つまり、言語も、宗教も、習慣も、生き方もすべて脱領土化され、それぞれが混淆するダイナミズムによって生まれる多様性・複雑性こそがクレオールのIDであると主張したのです。アンティル文学のマニフェストとして知られる『クレオール礼讃』は「ヨーロッパ人でもなく、アフリカ人でもなく、アジア人でもなく、我々はクレオール人であると宣言する」という言葉から始まります。これはID＝国や人種の単一性に収斂するものという考え方から解放された思想であるといえます。しかし一方では、上記のように必ずしもすべてのクレオール人が確立したIDをもっているわけではなく、プレゼンではいくつかクレオールIDの課題もとりあげました。<br />
 <br />
最後に、クレオール化の現象は西欧の植民地となった地域に限られるものではないこと、グローバル化する社会において国民国家への帰属意識とは異なるIDは世界中で発現しつつあることをもって結論としました。日本にも「在日」の人々がいます。クレオールという思想を学び、私たちは彼らを日本人でも韓国人でもない独自のIDをもつものとして認識する必要があるのだと考えさせられました。<br />
 <br />
プレゼン後には「世界はすべてクレオール化するのか」「グローバル化によって国家への帰属意識としてのIDはなくなるのか」というテーマでディスカッションを行いました。全体的には国家への帰属意識はなくならないという方向で意見がまとまりました。グローバル化が進んだリスク社会の中で、人々は国に守ってもらうしかないという考えからです。今回はいつもよりは意見が多く出た印象がありますが、もっと様々な視点が出ると面白いなと思います。個人的には、質疑応答で的確な答えを出せなくて、そこで時間をとりすぎてしまったことが反省点です。<br />
 <br />
クレオールの思想は少し哲学的な要素もあり、掴みきれない部分もありましたが、新しい視点で非常に興味深かったです。とくにマニフェストといわれている『クレオール礼賛』はいきなり読むとなかなか理解できないので、興味のあるかたは他の本で知識をつけてから読まれることをおすすめします。また、今回はあまり取りあげませんでしたが、クレオール文化にも色々あって面白いと思うので、是非調べてみてください。</p>

<p>古屋沙織さん『グローバリゼーションのなかの日本のシティズンシップ－国境を超えた市民形成－』<br />
基本的クエスチョン<br />
  <br />
①移民受け入れの先進国であるヨーロッパの国々が直面する移民の社会統合や国民の反発といった課題とそれに向けた取り組みは、今後日本が迎える未来の青写真となり得るのか。そうであるなら日本はどういった心構えを持ち、どう行動していくべきか。<br />
 <br />
②現在の純血主義的な日本の諸制度や人々の考え方では多民族化する社会を包括できないのではないか。そうであるならば日本社会はどう変わっていけば良いのか。 <br />
 <br />
③外国人を受け入れ、共生していく必要性や気運は日本全体で高まっているのではないか。日本社会における市民性とは何であり、市民とは誰を指すのか。 <br />
 <br />
 導きたい結論 <br />
 <br />
グローバル化が進み、国内においても多文化社会の様相を増す日本において、外国人達は、日本社会の構成員として無視できない存在になっている。外国人受け入れのリスクだけではなく、現実に共に暮らしている市民としての一面も理解し、外国人達を適切な形で受容し、日本という国を成り立たせる一市民として社会参加していけるように、権利の保障や法整備を検討すべきではないか。 </p>

<p>新井晴香さん『コソボ紛争勃発の諸要因』<br />
※Coming Soon！</p>

<p>以上です。<br />
12月に入り、これで３年生は全てのプレゼンを終えました。<br />
次はもう卒論発表までプレゼンが無いのかと思うと、寂しくなってきます...<br />
しかしその間も、色んな形で押村ゼミを盛り上げていけたらなあと、企画中です！<br />
なにはともあれ、３年生の皆さんはお疲れ様でした(∩´∀｀)∩<br />
就活！頑張りましょう！笑</p>

<p>そしゃ</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2011/11/29 ゼミ内容</title>
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    <published>2011-12-04T09:26:31Z</published>
    <updated>2011-12-12T16:32:21Z</updated>

    <summary>こんにちは！もう１１月も終わってしまいますね。今回は４限に北原さんの報告があり、...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
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        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは！もう１１月も終わってしまいますね。今回は４限に北原さんの報告があり、５限では間瀬口さんと中村くんに卒論報告をしてもらいました！！</p>

<p><br />
北原友里奈さん　<strong>『ヨーロピアンアイデンティティー』</strong><br />
EUとは、もともと経済的発展を目的として外的勢力に対抗する形でまとまった共同体でした。その共同体が拡大していく上でどのように共通のアイデンティティを創作していったのか、そして実際のEU市民のEUへの帰属意識の低さ、また昨今のユーロ金融危機とそれによってEU内に蔓延している共同体への不安や不信を今回<br />
のプレゼンテーションでは取り扱いました。<br />
今後のEUの展望としては、仏独のような比較的経済的に「健康」な国家が、出血覚悟の経済的支援策をギリシャやイタリアなどの経済的に崩壊している国家に実施していけるかが鍵となっていると思います。元々共通のアイデンティティをもたない国家同士にEUとしてのアイデ...ンティティを抱かせて協力していくことができるか、そのためのアイデンティティ政策に注目です。<br />
今回のテーマでは、現在進行形で進んでいるEUの経済危機とそれへのEU市民の感情を、自分で資料を探して使えそうなデータを引っぱってきて考察するのが楽しかったです。また、今後EUがどうなっていくのか、東アジア共同体をつくるとしたらどのような政策を真似したらいいのかなど考えていて興味深いものばかりでした。<br />
次回への課題ですが、個人的には準備をもっと計画的に行うこと（笑）、そして全体としてはやはりディスカッションがうまくできないことだと思います。来週の今期最後のプレゼンの後のディスカッションは、事前準備をしっかりしてのぞみましょう!!</p>

<p></p>

<p><br />
間瀬口亜美さん　<strong>『海外出稼ぎ労働における構造的抑圧の実態～「人間らしい労働」の形成に向けて～』</strong>（論文タイトルは変更する予定です）  </p>

<p>プレゼンテーションでは、主に、第二章の「送り出し社会から見る海外出稼ぎ労働の現状と諸問題」のうち、第二節（フィリピンにみる海外出稼ぎ奨励政策の変遷）と、第三節（海外出稼ぎの構造的問題と送り出し社会に与えるインパクト）のうち第一項（スリランカの事例）について報告しました。  以下に、それぞれの節の概要を述べたいと思います。 <br />
第二節：フィリピン海外雇用庁が設置されるなど、労働力輸出が国の重要な産業であり、送り出しシステムが確立・推進されています。出稼ぎを国家政策として推し進めようとするフィリピンの姿勢は、移住労働者に関する国際条約の批准状況や、越境労働者の保護に積極的であることからも伺えます。  <br />
第三節（第一項）：海外出稼ぎの不公正な仕組みについて、報告ではスリランカの事例を取り上げました。斡旋会社や、サブエージェントと呼ばれるインフォーマルなアクターが水面下で暗躍し、途上国の出稼ぎ労働の現場において過酷な収奪が行われています。その結果が、途上国の格差の拡大に影響を与えているのではないか、と考えます。</p>

<p><br />
中村岳くん <strong>『世界のバランサーとしてのＮＧＯ』</strong><br />
国際社会のグローバル化の流れの中、①国家・政府からの干渉が比較的緩やか、②国民のボランティア精神の上に成り立っている、③専門知識を有している、④支援先・支援者に近い、という特徴を持つ存在としてのＮＧＯはこれから国際社会でどのような役割を担うことが出来るのだろうか。国家単位の協力では問題の解決が難しいグローバルイシューに対して、ＮＧＯはどのように自らの特徴を生かし、国際社会に貢献することが出来るのか。ＮＧＯを世界の不条理・不平等を是正する装置としての「バランサー」としたときに、我々は主体的にそれを学び、自らの自由意思によって取捨選択して問題解決に貢献し、国際市民としての役割を果たさなくてはならないだろう。</p>

<p></p>

<p>これからいよいよ三年生は本格的に就職活動が始まります！がんばろうー！<br />
四年生も卒論の追い込みがんばってください！<br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2011/11/22 ゼミ内容</title>
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    <published>2011-11-28T17:11:29Z</published>
    <updated>2011-11-28T17:21:12Z</updated>

    <summary>こんにちは。 ブログ係の音石です。 11月22日は、4限に岩谷さんが、5限に岩瀬...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは。<br />
ブログ係の音石です。<br />
11月22日は、4限に岩谷さんが、5限に岩瀬さんがプレゼンを行いました。<br />
それでは、サマリーを掲載していきたいと思います。</p>

<p><br />
岩谷さん【東アジアの共通アイデンティティ～「アジア的価値」にみる共通性～】</p>

<p>「アジア」とは、欧米と比較する対象として欧米人によって造られた概念です。<br />
そのため、広大で共通性を見つけるのは難しいとされます。<br />
しかし1980年代、受動的に生み出されたアジアに、自己についての能動的な概念が生まれました。<br />
「アジア的価値」と呼ばれるもので、マレーシアのマハティールやシンガポールのリー・クアンユーといった政治家が中心になって提唱しました。<br />
彼らは、アジア、特に東アジアの社会ではコミュニティと家族がベースになっていること、権威を尊重するのだということを述べました。<br />
そしてそのような特徴が、経済成長を促進する効果を持つと主張しました。<br />
提唱された背景としては、1980年代の東アジアのめざましい経済成長による自信、欧米の価値観への反発、アジアの支配者層の自己正当化といった側面があります。<br />
欧米諸国の民主主義や人権といった概念が国内に浸透することで、権威主義的な体制が崩されることを恐れたのでした。<br />
しかしこの概念には、批判も多く存在します。アジアは多様すぎて共通の価値などない、宗教がバラバラなのだから共通の「価値」にはなり得ない、政治家の政治的目的を達成するための恣意的である、経済成長を促進するとの主張は、意図的に選んだデータに基づいている、などです。<br />
また、1990年代後半のアジア経済危機により、その価値が再び否定されてしまい、今では議論が下火になってしまいました。<br />
確かに、それらの批判ももっともであると言わざるを得ないかもしれません。<br />
しかし、欧米の水準に合わせても上手く機能しないこともあると思います。<br />
欧米のような民主主義を導入したら、どんなに善い政治家でも思う通りに政策を実行できなくなってしまい、国内が混乱するようなことがあるということです。<br />
また、概念からして受け身であったアジア諸国が、自らのアイデンティティを模索し、世界に発信したことには大きな意味があると思いました。<br />
欧米の視点からも、彼らの民主主義とは別の民主主義のあり方に目を向け、考えるきっかけになったのであれば、社会の発展にとって有意義なことだと思いました。</p>

<p>「アジア的価値」というものに馴染みがなく、なかなか全体像を掴みきれなかったというのが感想です。<br />
東アジアの価値なのに、東アジアの外のマレーシアやシンガポールから提唱されたというのが興味深かったです。<br />
価値の違う外部と接触しており、アイデンティティに危機感を覚える場所ほどアイデンティティを守ろうとするものなのだと改めて感じました。</p>

<p><br />
岩瀬さん【ネイティヴ・ハワイアンのアイデンティティ】</p>

<p>【クエスチョン】<br />
・19世紀に王朝転覆後も、ネイティヴ・ハワイアン達の文化やアロハ・スピリットというアイデンティティが消滅しなかったのはなぜか。<br />
・長い間国際社会に翻弄されてきたと言える彼らの最大の危機はどの時代だったのか。<br />
・観光地としての成功とはいっても有名ブランド店や多数のホテル建設など、元々の彼らの文化とはかけ離れたもので溢れる光景をどう受け入れ、関わっているのか。</p>

<p>【結論】<br />
 ・ネイティヴ・ハワイアンのアイデンティティの源泉とも言える王朝を失い、彼らの生活まで白人社会に掌握されることとなった1890年代が、彼らの最大の危機の時代と言える。<br />
・観光地化されてきたが、ネイティヴ・ハワイアン達は彼らのアイデンティティを形を変えつつも上手く組み込み、文化の知名度向上と保存の両方を達成した。<br />
・しかし、観光誘致側や観光客が都合よく決め付けたハワイアン像は決して正しい理解ではないということを認識する必要がある。</p>

<p>サマリーは以上です。</p>

<p>この日は3限の時間に、青山学院大学を受験しようか検討している方々に向けたビデオを撮影しました。<br />
席の配置からスクリーン、さらには服装まで、細かい指示を受けながら授業に臨みました。<br />
いつもと違う異様な雰囲気に緊張してしまいましたが、参考になるようなビデオになっていれば幸いです。</p>

<p>ところで最近は風邪がとても流行しており、マスクをしている人をたくさん見かけます。<br />
特に3年生はこれから大切な時期を迎えるため、体調管理には十分気を付けましょう。<br />
...自戒も込めて。</p>

<p>そしゃ</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2011/11/19 合同ゼミ</title>
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    <published>2011-11-27T13:52:10Z</published>
    <updated>2011-11-30T07:09:58Z</updated>

    <summary>11月19日に納家ゼミとの合同ゼミを行いました！土曜日にも関わらず、押村ゼミから...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
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        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="04.イベント" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>11月19日に納家ゼミとの合同ゼミを行いました！土曜日にも関わらず、押村ゼミから18人、納家ゼミから12人のゼミ生が参加してくれました。テーマは「保護する責任のリビアへの適用は正しかったのか」。押村ゼミと納家ゼミをそれぞれ賛成派と反対派に分け、グループ内ディスカッションとディベートを行いました。<br />
<img alt="DSC08347.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08347.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>　「保護する責任」とは、ICISS報告書によって2001年に提唱された新しい概念です。国家には自国民を保護する責任があるとし、国家がそれを果たす能力や意思がない場合には、保護する国際的責任が内政不干渉に優先することが基本原則となっています。また、武力介入の正当化基準として①正当な理由、②正当な意図、③最終手段、④比例的手段、⑤合理的見通し、⑥正当な権限があげられています。リビア内戦は、「保護する責任」が初めて適用されたケースであり、その適用の正当性に関しては賛否が分かれます。</p>

<p><br />
　今回のディベートで主な論点となったのが、「武力介入は最終手段だったのか」「まだ未熟な概念である保護する責任を適用すべきだったのか」の２つです。</p>

<p>　まず、１つ目の論点について、賛成派は最終手段であったと主張しました。それまでに武器禁輸や資産凍結などの措置をとってきたにも関わらず反体制派の部隊への空爆はおさまらなかったこと、また9月17日にはカダフィが無差別殺戮を示唆したことから、あれ以上国際社会が見過ごすわけにはいかなかったという意見です。一方、反対派はトルコ政府などが平和的解決を模索していたことを挙げ、介入がむしろ事態を悪化させたと主張しました。また、内政不干渉の原則をこえて介入するには、もっと時間をかけて経過を見ていくことが必要であったと論じました。</p>

<p>　2つ目の論点について、賛成派は、概念は使われていかないと規範として成熟していかないことを主張しました。今回の適用は初のケースということで画期的であり、今後の適用の土台になると考えます。一方、反対派は、今回の適用によって「保護する責任」が介入主義と結び付けられて捉えられてしまう危険性を挙げ、曖昧で未熟な概念であるからこそ武力介入にはもっと慎重になるべきであったと主張しました。</p>

<p><img alt="305778_284432164928556_100000853237786_803257_1904609169_n.jpeg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/305778_284432164928556_100000853237786_803257_1904609169_n.jpeg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /><br />
　最後に先生方から講評をいただきました。非常に活発な議論で優劣つけがたいものであったということですが、押村先生も納家先生も「保護する責任」の適用には慎重派のようです。押村先生は、反体制派が国際社会を味方につけようと虐殺の既成事実を作って介入を呼び込む可能性などを挙げ、客観性・中立性をどのように保つかが課題となるとおっしゃっていました。ICCの担う役割の意味についても触れ、今回ICCがその役割を果たせていなかったことも論点となるべきであったとの意見もいただきました。納家先生は、「保護する責任」の一般原則を作ることはできないため、１つ１つのケースに当てはめて考えなければならないことを強調しておられました。また、政治的原則にすぎないのだから適用に成功しないと概念そのものがだめになってしまうとして、上手くいくものに使って規範の底上げをするべきであるとおっしゃっていました。現段階でリビアへの適用を評価するのは難しく、今度は経過を観察していく必要性があります。</p>

<p><br />
　今回の合同ゼミには「MVP賞」をもうけました！これは議論の活性化に貢献した人に与えられる賞です。受賞者はダブル沙羅さんでした。おめでとうございます！景品は青学クッキーです＾＾<br />
<img alt="306344_284433911595048_100000853237786_803306_466114228_n.jpeg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/306344_284433911595048_100000853237786_803306_466114228_n.jpeg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /><br />
<img alt="DSC08350.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08350.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>　合同ゼミの後には飲み会も開催しました。ゼミ生同士の交流が深まったのではないかと思います。押村先生が納家ゼミ生に囲まれている様子はなんだか不思議なかんじがしました（笑）<br />
<img alt="DSC08353.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08353.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /><br />
<img alt="DSC08355.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08355.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /><br />
<img alt="DSC08356.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08356.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /><br />
<img alt="DSC08357.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/DSC08357.jpg" width="640" height="480" class="mt-image-none" style="" /></p>

<p>　押村先生もおっしゃっていましたが、納家ゼミ生は本当に押しが強かったです。飲み会の時に普段のゼミの様子を聞いたら押村ゼミの様子とは全然違くて、普段のゼミで養われてる力なのだと感じました。一方、押村ゼミ生からは、国際社会による介入という事実がリビアの歴史に残ることがリビア人のアイデンティティに与える影響についての意見もでるなど、押村ゼミらしさも出ていたと思います。普段あまり意識することはありませんが、他のゼミと活動することで、自分がどれだけ押村ゼミの考え方になっているかに気付かされますね。</p>

<p>　</p>

<p>　納家ゼミに触発され、押村ゼミの良さもしれて、ゼミ生同士の交流もできて、実りの多い1日だったと思います。とにかく面白かった＾＾来年も誰か企画してね！</p>

<p><br />
（文責：生須みきさん)</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2011/11/15 ゼミ内容</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/2011/11/20111115.html" />
    <id>tag:blog.sipec-square.net,2011:/t-oshimura/seminar//2.162</id>

    <published>2011-11-20T03:09:59Z</published>
    <updated>2011-11-30T07:17:15Z</updated>

    <summary>こんにちは、針替です。 今日は三年生の堤さん、四年生の金子くんがプレゼン報告をし...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは、針替です。</p>

<p>今日は三年生の堤さん、四年生の金子くんがプレゼン報告をしてくれました！<br />
以下サマリーです。</p>

<p>堤さん<strong>『国境・領土とはなにか』</strong></p>

<p>国境・領土とはなにか、 国境の存在はなにをもたらすか。また国境のもつ意味を事例を通しいくつかみていきました。最後に日本の領土問題について学び、議論をしました。 国境とはまず大きく分けて3つのことを意味していました。領土の画定、国家主権をもつ、また独自の文化を育むことです。この3つが意味することは、国境とはつまりは領土を画定することにより人々に国籍を与え、国家を形成したことです。また世界には自然的国境と人為的国境があります。自然的国境とは言葉の通り自然に区分された国境、つまりは河川・海洋・山脈によるものです。また民族・言語の分布により画定された国境もあります。人為的国境とは当事者が利益のために意図的に引いた国境です。 最後に日本領土において、竹島問題をどう考えるかについて議論しました。日本は韓国が竹島を不法占拠をしているとし、国際司法裁判所により平和的解決を提案しています。しかし一方の韓国は竹島をそもそも自国の領土であるとし、日本に植民地時代はじめに侵略された土地であるというIDを抱えています。どうしても解決に向かわないこの竹島問題を考えるとき、まず重要なのが日本国内でどれだけこの領土問題に対しての関心があるのかということです。日本はこのまま実質共有か、領土を取り返すか、領土問題自体を放棄するのか国民が意見をひとつにまとめ国際的に示していかなければいけません。 <br />
前期に続けて後期もわりと漠然としたテーマでした。でも今回は国境ということで日本の領土問題を考えることはとても重要だと感じました。正直、知っていなければいけないのに日本の領土問題は複雑なことが多く皆の関心も知識も薄いと思います。今回プレゼンをきっかけにみんなで日本の領土問題に触れ、議論する機会が作れて発表者としてはとてもよかったです。また今回のプレゼンでとても良いと思った文献が先生にもお勧めしていただいた「国境とはなにか、領土・制度・アイデンティティ」というものです。単に国境についてだけでなく、様々な国の歴史や形成について述べられていて興味深いです。またアイデンティティそのものについて述べられている章もあるので今後もゼミにおいて活用できるのではないかと思います。皆さんぜひ、読んでみてください！ </p>

<p></p>

<p>金子くん<strong>「グローバル社会における『正しい戦争』」</strong></p>

<p>グローバル化が進展した現代、「正しい戦争」と「不正な戦争」は何によって、またどの主体によって峻別されるのか。現在、従来基本とされてきた「国家 対 国家」の形態に代わり、テロやゲリラ戦といったいわゆる「非対称戦争」「低強度戦争」が台頭している。こうした状況のなかで、「正しい戦争」と「不正な戦争」を区別し、より不正な戦争の遂行を食い止めるために、どのような枠組みが必要であろうか。また、その枠組みの下、日本を始め国際社会はどう振舞うべきなのか。本論文では、正戦論の歴史と、現代における戦争規制を巡る枠組みを概観した上で、今後の正戦論の展望を考察する予定である。 </p>

<p><br />
そして今回金子君のプレゼンの後は、合同ゼミ（11･19）に向けての勉強会をしました。合同ゼミは納家ゼミと「リビアにおける保護する責任の適応」に賛成か反対か、を議論します。どちらのゼミも半分に分かれて二項対立形式で議論します！押村ゼミ対納家ゼミという形式ではないですが、押村ゼミはしっかり発言していけるように頑張りましょう！</p>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>2011/11/08 ゼミ内容</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/2011/11/20111108.html" />
    <id>tag:blog.sipec-square.net,2011:/t-oshimura/seminar//2.161</id>

    <published>2011-11-13T00:12:38Z</published>
    <updated>2011-11-30T07:23:59Z</updated>

    <summary>こんにちは！針替です。今週は私が4限でプレゼン報告、四年生二人が5限で卒論報告を...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは！針替です。今週は私が4限でプレゼン報告、四年生二人が5限で卒論報告をしてくれました！</p>

<p>4限では<strong>「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」</strong>を題材に報告しました。<br />
ボスニアヘルツェゴビナはかつて旧ユーゴスラビアに位置していて、現在旧ユーゴ解体後も存在している国です。今ボスニアの中はボスニア連邦とセルビア人共和国として分権され、中央政府が緩く統治しています。ボスニア以外でも紛争が起こりましたが、そうした旧ユーゴで起きた一連の戦争は、強制収容・大量虐殺・強姦を含む民族浄化が行われたということで、二次大戦後ヨーロッパ最悪の戦争と言われています。</p>

<p>プレゼンではまずユーゴスラビアのことに触れ、7つの国境・6つの共和国・5つの民族・4つの言語・3つの宗教・2つの文字で分けられることを説明したあと、ボスニア紛争のことについて説明していきました。ボスニアの民族構成は、ムスリム人、セルビア人、クロアチア人となっていて、どの民族も過半数を超えない程度に分布され、宗教も3種にわかれています。ボスニア紛争が始まる経緯と原因として、チトーという旧ユーゴのカリスマ的指導者が亡くなった後からどのように旧ユーゴが変わっていったのか、というところから説明しました。ユーゴ内のクロアチア・スロヴェニアが独立してから、ボスニア内のムスリム人とクロアチア人もボスニアの独立を目指したのですが、ボスニア内のセルビア人はそれに反対し、独立するのであればセルビア人区域は分離する、と要求し、そこで紛争が起こります。民族浄化を含む紛争に発展し、国際社会も対応が求められる状況になりました。</p>

<p>国際社会というと、まず当時のECが交渉に尽力し、国連、アメリカ・NATOが介入していきます。そこには解決に導いたと言えることもあれば、反対に介入の仕方や対応に問題があったことも事実です。最後に紛争に拍車をかけた問題点として、①民族主義の扇動をユーゴ内で活発に起きたこと（egセルビアのミロシェビッチやクロアチアのトゥジマン）、②メディアが民族主義を容易に煽る道具になったこと、それに付随し、国外メディアの過度なバイアス（悪＝セルビア）が当時のセルビア政権への支持に繋がったこと、最後に旧ユーゴ内で武器への容易なアクセス・流入によって市民レベルでの戦闘に繋がったこと、があげられると思います。</p>

<p>結論として、この問題は複雑に様々な原因が入り混じっておきている問題であり、また今回全ては網羅できなかったものの民族間での歴史的な憎悪などもベースとして存在していました。しかし、モザイクのようにあらゆる民族がいて宗教も言語も違うから戦争が起こったというのは単純すぎる議論であり、一つ一つそういった違いや歴史を思い起こさせて、民族間のエリートがそれらを憎悪という形に落とし込んで組織化したところに問題があると思います。<br />
正直25分のプレゼンでは網羅できないような壮大な問題で、また民族がたくさんいるために一回プレゼンを聴いただけでは頭がごちゃごちゃになり理解するのに難しかったと思います。なので私のプレゼンは少々難アリだったと思います・・ごめんなさい。しかし、今回じっくりとこの問題の複雑性をじっくり検証することができて、本当に学ぶことが多くあり、このトピックを選んで良かったです。<br />
多民族国家、ポスト冷戦後の紛争、民族浄化、などのキーワードが気になる方はぜひユーゴ紛争を勉強してみてください！</p>

<p>先生がプレゼンを前にオススメしてくださったこの本、本当にオススメです。まず比較政治的な観点から分析し、ユーゴ内のそれぞれの共和国に焦点を当てて説明しているので、とてもわかりやすいです。</p>

<p>久保慶一　『引き裂かれた国家―旧ユーゴ地域の民主化と民族問題』　有信堂高文社　2003年</p>

<p><br />
では四年生に移ります。<br />
今回はまず関さんが<strong>「東ドイツ人の葛藤」</strong>を題に報告してくれました！<br />
基本的クエスチョンは<br />
・冷戦という当時の国際体系を表すドイツの分割、そして東西陣営のイデオロギーはドイツの人々の生活にどのような変化をもたらしたのか<br />
・ベルリンの壁の位置、崩壊を通し東ドイツの人の認識がどう変化していったか<br />
・統一後、西ドイツに吸収された東ドイツの人々のアイデンティティーはどうなったのか</p>

<p>導きたい結論として<br />
「戦後ドイツは大国がドイツのアイデンティティーに与えた影響は計り知れないと考える。ドイツが資本主義と高さん主義に分けられた約40年という歳月、ドイツ地震が内的に持つこの問題は現在のドイツを見る際に虫できない事実である。1年という短い歳月で統一をさせてしまったことは間違いであったと私は思う。」</p>

<p><br />
次は和田くんで、題は<strong>「現代宗教生活においてメディアの果たす役割」</strong>です。</p>

<p>基本的クエスチョンは<br />
・歴史的にメディアと宗教の結びつきは強い。そして12月にはクリスマスを祝い、1月には初詣に行く矛盾や、宗教への嫌悪感や懐疑心を抱く日本人の宗教感覚の構成にはメディアが深く関わっているのは事実か否か。<br />
・一方でアニミズムを扱った宮崎アニメが人気を獲得するように無意識に宗教的なものに大切さを感じているのは事実か否か。<br />
・仮に日本人の宗教アイデンティティーが上記のものであるとしたら今後日本人にとって宗教はどのような意味を持ってくるのか。</p>

<p>研究を行う客観的意味は、ニュース報道はもちろん今日の日本で大きな影響力を持つ映画、マンガ、アニメなどのメディアと宗教の関係、またその影響を研究することによって現代日本の宗教アイデンティティーに迫る。無論、マンガやアニメといったものがメディアとして適切かという異論はあるが、それらが現代の日本人に与える影響は絶大なものであり、今後も強い影響力を持ち続けると考えられる。<br />
その点からしてもそれらのメディアと宗教との関係を研究することによりよりリアルな形で現代あるいは将来の日本の宗教アイデンティティーを解明できると考えられる。<br />
また海外から見れば特殊であると考えられる日本人の宗教アイデンティティーを研究することによって今日の国際社会での宗教対立を解決する手掛かりになりうるのではないか。</p>

<p>和田君のコメント<br />
プレゼンでは主にメディアが作り出すイメージの危険性について考察しました。<br />
第一項ではメディアの作り出すイメージについてNHKと日本テレビの放送事例を基にプレゼンテーションしました。また、実例を出す為にiPadを使って実際のメディア（みんな大好きAKB48の成人式の映像）をゼミ生に見てもらいました。そしてそれらの放送が喚起するものは「冠婚葬祭」の行事としての神社や寺院であり、クリスマスを祝い、お墓参りに行く日本人の矛盾しているような宗教感覚に大きく影響しているのではないかと考えました。<br />
第二項では主に日本テレビの宗教儀式についての放送を取り上げました。日本人に対して奇異に映る宗教儀式を多く放送している反面、代表的な祭典についてはあまり放送されておらず、これらの放送が喚起するイメージは「他文化の後進性」ではないかと考えました。ここでもiPadを使用してインドの子供を高所から落とす儀式についての放送を見てもらいました。そしてこれらの放送は宗教に対して懐疑心を抱く日本人の宗教感覚に影響しているのではないかと考えました。<br />
プレゼンテーションの内容はそんな感じですが、プレゼンテーションを終えてやっぱり宗教の問題は難しい！でも興味深いと改めて実感しました。そして私自身もまだまだ知識が足りないと感じました。<br />
卒論全体としてはメディアの危険性だけでなく、良い意味でも日本人の宗教感覚に影響している事にも触れたいと考えています。<br />
これからも卒論完成に向けて頑張って研究したいと思います。ブログ係の方々ご苦労様です！</p>

<p></p>

<p>以上です！</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2011/11/01 ゼミ内容</title>
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    <published>2011-11-06T12:29:15Z</published>
    <updated>2011-11-26T03:36:06Z</updated>

    <summary>こんにちは。 ブログ係の音石です。 先週はドタバタと忙しく、ブログを書けなかった...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは。<br />
ブログ係の音石です。</p>

<p>先週はドタバタと忙しく、ブログを書けなかったので反省してます...<br />
そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのが、我らが頼れる幹事こと漢・川上というわけです。笑</p>

<p>という訳で、11月１日の授業内容です。<br />
プレゼンターはこの私、音石達矢でした。</p>

<p>テーマは<strong>「戦前日本外交のアイデンティティ(歴史)」</strong>でした。<br />
「外国との交わりは、日本のアイデンティティにどのような変化をもたらしたか？」<br />
「アイデンティティの変化はどのような事態を引き起こしたか？」<br />
という2つの基本クエスチョンを掲げ、戦前の歴史を辿りながら、日本は諸外国とどのような外交を行い、そのアイデンティティを変容させていったのかを分析しました。<br />
そこで私は、日本の外交ルールをペリー来航に求め、開国、不平等条約改正、排日移民法、そして太平洋戦争という主な事象を取り上げました。</p>

<p>鎖国していた江戸末期の日本に、アメリカから通商を求めてペリーが来航しました。<br />
軍事力をバックに、半ば強制的に開国させられ、さらには治外法権や関税自主権の撤廃という屈辱を味わった日本。<br />
しかしこの時の屈辱をバネに、そして欧米との差に恥を抱き、結果日本は近代化を成し遂げていきました。<br />
その後何度かの交渉を経て、日清・日露戦争にも勝利して欧米にその力をアピールして、不平等条約を改正しました。<br />
この交渉に大きく貢献した陸奥宗光は、優れた弁論術で国内の反対意見を押し切り、治外法権を撤廃しました。<br />
その後日本は満蒙権益を拡大させ、さらに国際連盟の常任理事国としてWWⅠの戦後処理をリードするなど、日本の華とも言える時代を進みます。<br />
しかし、そんな日本が覇権国・アメリカと決裂し、日米戦争へのきっかけとなった事件がありました。<br />
それが排日移民法です。<br />
これはアメリカにおけるアジア出身者について、全面的に移民を禁止する条項が設けられたものですが、当時アジアからの移民の大半を占めていたのは日本人だったので、結果、排除されるのは日本人であったという仕組みです。<br />
この法律の何が問題であったかと言うと、排日移民法のルーツが「人権侵害」にあった点です。<br />
日露戦争で有色人として初めて白人を破り、さらには満蒙圏域を拡大させていた日本人がアメリカ国内に増加していたことは、アメリカ人にとって脅威であったのです。<br />
この法律の制定を日本国内では「民族的アイデンティティの否定」「堪え難い屈辱」として、今度は逆にアジアから西洋人を追い出し、大東亜共栄圏を構築しようという、大東亜戦争への引き金となりました。<br />
結果、時代は満州事変、日中戦争、そしてパール・ハーバーに始まるWWⅡへと進んでいくというロジックです。</p>

<p>今回のプレゼンは歴史を追うことにあったので、どうしても自分の見解や主張を述べることは難しくなりました。<br />
しかし最後までやってみて思ったのは、「日本の歴史にアメリカ在り」ということです。<br />
アメリカによる「強制的開国」に始まり、アメリカによる「強制的終戦(原爆投下)」で終わった日本の近代。<br />
その後時代は冷戦、ポスト冷戦、そして現代へと進んでいくわけですが、日本は日米同盟で未だに我が国の安全保障をアメリカに委ねています。<br />
そのため、「首輪で繋がれた状態」と例えられ、日本外交は常にアメリカの顔色を伺ってばかりです。<br />
しかしながら、日米同盟を破棄し、軍備を強化する、つまり軍隊を組織するということは、我々国民が再び徴兵されるということにも繋がりかねません。<br />
それだけでなく、アジアに於けるパワー・バランスはアメリカのプレゼンスによって保たれているという一面もあるため、短絡的に「日米同盟破棄」とはいきません。</p>

<p>日本外交の未来はどうなるのか。<br />
そこで私は、日本の「平和構築活動」を期待します。<br />
史上唯一原爆を体験した被害者としての日本、しかしアジアで侵略を行った加害者としての日本。<br />
「酸いも甘いも知る」日本だからこそ、平和に寄与できるという可能性もあるのではないでしょうか。<br />
もちろんそれを担うのは、我々若者です。<br />
国を背負うという立場まではいかないにしろ、一人ひとりが日本人として平和のためにできること、考えていかねかればいけないという結論を以て、ブログを閉じます。</p>

<p>以上です。</p>

<p>そしゃ(川上くんの指摘の通りです。笑)</p>]]>
        
    </content>
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    <title>2011/10/25 ゼミ内容</title>
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    <published>2011-10-30T07:55:14Z</published>
    <updated>2011-11-26T03:34:59Z</updated>

    <summary>こんにちは。 ブログ係音石くんの代役で更新してます、三年の川上です。 今回から４...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
        <category term="03.ゼミ活動報告" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは。</p>

<p>ブログ係音石くんの代役で更新してます、三年の川上です。</p>

<p>今回から４限に三年、５限に四年のプレゼンをそれぞれ一人ずつ行うことになりました。<br />
４、５限ともにプレゼンが一人になりディスカッションに充てる時間が増えたので、みんなで積極的に発言して議論を深めてゼミの時間をより有意義なものにしたいですね。</p>

<p>それでは、以下が二人のサマリーです。</p>

<p>三年　松井ゆりなさん<br />
<strong>『華僑・華人のアイデンティティー』<br />
</strong> <br />
故郷を離れ、海外へ移住した華僑・華人は、居住国で経済的富を築きあげ、その経済的成功から、東洋のユダヤ人とも例えられます。 なぜ彼らは異郷の地で成功できたのか、そして今日に至るまでどのようなアイデンティティーのゆらぎがあったのかを歴史的背景に基づき明かしていき、彼らの今後の動きについて考察しました。<br />
 <br />
まず、Ⅰでは華僑・華人の定義や世界人口分布、そして海外移住の大きな三つの流れを取り上げました。資料を見てみると、華僑・華人の8割は東南アジアに集中しています。また、中国人を海外へ排出することになった理由として、世界における労働力需要が拡大したことによるプル要因と、中国国内での政治・社会的混乱、人口過剰による経済的窮乏化のプッシュ要因が挙げられます。つまり彼らは貧しさから、生活の活路を求め、出稼ぎのために海外へ移住していきました。<br />
Ⅱでは、彼らは居住国におけるアイデンティティー変容の過程を歴史的流れに沿って紹介しました。初期の華僑とは、比較的居住国の住民と平和的に共生していたのですが、東南アジア地域が植民地主義体制に組み込まれていくと変化が見られます。そして植民地国独立の際、現地住民のナショナリズムが高揚する中で、異民族である彼らは敵意の対象とみなされ、厳しい同化政策のもと、彼らは居住国への定着、現地化を選ぶことになるのです。<br />
次にⅢでは、華僑・華人の経済力についてみていきました。彼らの経済的成功の理由として、同郷、地縁、業縁という強い結びつきによって居住国でコミュニティーを作りつつ、互いに助けあったこと、また、教育熱が高く勤勉、節倹であるなど、中国人特有の価値観が影響していることが挙げられました。これらの理由から経済的に成功した華僑・華人ですが、その経済的階層性が現地住民の反感を買い、反華人暴動が起きる例として、インドネシアを少し取り上げました。インドネシアでは少数民族である華僑・華人が有力な資本を握っているため、国内が不安定になると怒りの矛先が彼らへ向けられ、華人排斥暴動が起こってしまうのです。<br />
Ⅳでは今後の彼らの動きについて二通り考えました。一つは、世代交代によって現地生まれで中国への郷愁が薄い華人が増えることで居住国へアイデンティティーをより抱くようになり、中国離れが進むという見方です。今では、華僑ではなく華人が9割を占め、若い世代では中国語を話せないという事実もあります。もう一つは逆の動きで、中国への回帰です。居住国と中国の関係が改善されたことで、交流が増え、また華人が中国へ投資を始めていることが理由に挙げられます。<br />
そして結論では冒頭に述べた答えをまとめました。<br />
 <br />
今回、ディスカッションでは華人の今後の動きについての話はあまり出なかったのですが、やはり華僑・華人は自分の生活の基盤があり、商売がしやすく利益を享受できる居住国への定住により、アイデンティティーは居住国へ向かうのではないかと個人的に考えました。意見で出た、中国本土の人々から見ても、華僑・華人は自分たちと少し異なる言語を使うため、同じｗｅという意識を持てないことも理由の一つなのではないかと思います。また、前回のゼミの時間に勉強した、宗教の話とも関連していて興味深かったです(中国人は宗教に対して抵抗がないため、行く先々の宗教に同化できるなど)。結束力、勤勉、商売上手、中華街など見てわかるように、中国人の民族性は研究していくと面白いと思いました。</p>

<p>４年　片山美貴子さん<br />
卒論テーマ<br />
<strong>『現代中国人の日本観〜学校教育がもたらす国際認識』<br />
</strong></p>

<p>この論文では、<br />
・現代中国人が日本に持つマイナスのイメージは、中国の学校教育によってどのように形作られ、増幅しているのか。<br />
・中国人の日本観を日本側の政策によって正すことは可能か。<br />
という２つの基本的クエスチョンに基づいて、学校教育によりもたらされた軍国主義としての日本のイメージ、中国メディアの発達による最新文化の発信地としての日本のイメージなど、中国人の複雑な日本観を考察していく。<br />
また、その考察からより友好的な日中関係構築の可能性を探っていく。<br />
今回の中間発表では、中国教育の特徴と、それが中国人の日本観に与え得る影響についての考察を、部分的に発表した。<br />
まずは、徹底された学歴社会のため、中国の学生が勉強漬けの毎日を送っているという現状。そこから、学校教育の内容や形式が中国人学生に与える影響の大きさを主張したい。<br />
次に、中国の教育カリキュラムでは歴史教育が重視されており、その中でも現代史を重点的に学んでいる。そのことにより、自然と中国にとって屈辱的な日中戦争を取り扱うことが多くなる。<br />
更に中国の授業や試験では、生徒の歴史認識を重視する傾向にあり、歴史を単なる知識ではなく、生徒の考え方や価値観として習得することが求められている。<br />
これらのことから、中国の学校教育は、それを意図しているわけではなくても、結果的に戦時中の軍国主義としての日本のイメージを、若者の認識に植え付ける効果があると考えられる。<br />
論文では、江沢民時代から続く愛国主義教育もふまえて、より詳しく上のことを裏付けていきたい。</p>

<p>以上です。</p>

<p>二人ともプレゼンお疲れ様でした。<br />
冒頭でも書きましたが来週からは三、四年が一人ずつプレゼンをするのでお楽しみに。</p>

<p>ちなみに蛇足ですが、いつもブログの最後に音石くんが書いている「そしゃ」という言葉は彼曰く岐阜弁で「さよなら」を意味する方言だそうです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>2011/10/18 ゼミ内容</title>
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    <id>tag:blog.sipec-square.net,2011:/t-oshimura/seminar//2.158</id>

    <published>2011-10-27T03:43:31Z</published>
    <updated>2011-11-13T08:31:26Z</updated>

    <summary>こんにちは！針替です。 今週は新谷さんと川上くんがプレゼン報告をしてくれました！...</summary>
    <author>
        <name>管理人</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sipec-square.net/t-oshimura/seminar/">
        <![CDATA[<p>こんにちは！針替です。</p>

<p>今週は新谷さんと川上くんがプレゼン報告をしてくれました！</p>

<p>以下がお二人のサマリーです！</p>

<p></p>

<p><strong>新谷萌さん　<small><big>『日本人の宗教観』</big><br />
</strong></small><br />
 今日、世界にはキリスト教、イスラム教、仏教をはじめとする多くの宗教が存在します。世界の80％以上の人が何らかの信仰を持っているとされる中、日本人には「あなたの宗教は何ですか」、「どのような信仰をもっていますか」と問われたとき、答えに困ってしまう人も多いのではないでしょうか。しかし、お正月の初詣や、お盆、クリスマスなど、日々の生活の中で私たちが宗教的な行動をとる機会は決して少なくないはずです。このような矛盾は何故生じるのか、日本人にとっての宗教とは何なのか改めて考えてみたいと思いました。<br />
　プレゼンの冒頭で、世界価値観調査などいくつかのデータを用いて日本人の宗教観についてみてゆきました。そこから、日本人は外国と比べ宗教意識が低いこと、信仰の自覚がないのに宗教行動(お参りなど)をとっていること、無自覚に複数の宗教団体の信者となっていること(神道＋仏教など)が分かりました。<br />
　それを踏まえて、次に、日本における宗教の歴史について述べました。ここでは、日本古来の民族宗教である神道の特徴や、仏教やキリスト教といった外来宗教が日本で受け入れられていた経緯について触れました。神道の特徴とは、多神教・現世利益・共同体の宗教の３つです。元々柔軟性の強かった仏教は、この神道の特徴を損なうことなく、むしろ神道に融合する形で日本で広まり、発展してきました。一方、キリスト教には一神教・個人主義的といった、日本の神道と合わない点がありました。その違いが、同じ外来宗教でも信者数に大きな差がある理由のひとつなのではないかと感じました。<br />
　最後に、現在の日本の宗教的特徴について述べました。日本の宗教的特徴とは、国家神道・オウム真理教事件などを背景とした宗教へのマイナスイメージ、民族宗教と世界宗教の併存、多様な信仰の３つです。日本の複合的な宗教活動は、外国からは無節操に見えるかもしれませんが、一神教的支配の歴史のない日本にとってはある意味自然なことなのではないでしょうか。古来より、共同体の中で、現世利益を求めて氏神や祖先など様々な神を信仰し、外来宗教も自分たちに合った形に作り変えながら取りこんできた、という歴史を持つ日本人が自らを「無宗教」と見なすことは、宗教の必要性や神の存在を否定することではありません。<br />
　普段あまり意識してこなかった「宗教」というテーマを担当したことで、日本や自分自身の宗教観について考えるきっかけになりました。日本人にとって、自分自身を「無宗教」とみなすことは普通のことでも、外国では持っていて当たり前のものです。無理矢理宗教を持つ必要は全くないと思いますが、自分とは遠いものだと決めつけるのではなく、自分にとって宗教とは何なのかを考えることも大切なのではないかと感じました。ディスカッションでは、意外と(？)外国の宗教観についての話題が出ていたなという印象でした。</p>

<p></p>

<p><br />
<strong>川上泰くん　<small><big>『日独のアイデンティティ比較』 </big><br />
</strong></small></p>

<p>　今回は日独のアイデンティティ比較というテーマについて、第二次世界大戦で両国が経験した敗戦という歴史的事実と戦後の歴史教育に焦点を当て、日本とドイツのアイデンティティに迫りました。具体的には、両国はどのようにして敗戦という事実や決して誇ることのできない加害者としての歴史に向き合い、いかにして負の歴史を乗り越え国際社会に復帰するに至ったのかについて概観し、類似した過去を持つ両国の共通点と相違点を浮き彫りにした上で日独のアイデンティティを明らかにすることを目的としました。また、教育はアイデンティティを構成する上で非常に重要な要素であるという点に着目し、両国の歴史教育が生み出す過去への歴史認識について東西冷戦状態にあった当時の国際関係をもとに分析しました。<br />
　まず、第一章では20世紀における日本とドイツの歴史を語る上で欠かすことのできない敗戦という歴史、そして加害者としての歴史について概観しました。日本は1945年にポツダム宣言を受諾し敗戦国となった結果、GHQによる占領政策を受けることになりましたが、この時期に戦後日本の特徴である日本国憲法や象徴天皇制、平和思考などといったIDの萌芽が芽生えています。ドイツも日本と同様に1945年にベルリンが陥落し連合国による無条件降伏を受諾した結果、敗戦国となり、戦後は連合国による分割統治を経て東西のドイツに分裂することになりました。このように敗戦国としての過去を説明した上で、両国が戦時中に行った非人道的行為についても概観することで、日独は敗戦国として再出発する段階で、敗戦という歴史と加害者としての歴史という二つの誇ることのできない過去を抱えていたことを明らかにしました。<br />
　次の第二章では、日独の戦後の歴史教育について迫りました。ドイツは戦後の早い段階から加害者としての過去を受け入れることで、周辺国との関係を改善しようと試みています。そのためドイツは歴史教育の重要性を認識し、国際歴史教科書対話のような試みを積極的に行っています。そのなかでもドイツの歴史家ゲオルク・エッカートによる国際歴史教科書対話の試みは戦後初期のドイツの歴史教育、歴史認識に大きな影響を与えました。ブラントによる東方外交はどのドイツの歴史観を象徴する出来事であると言えるでしょう。<br />
　一方、日本は歴史認識に関する問題が繰り返されてきました。また、歴史教育においても戦後の早い段階から国家主体で国際歴史教科書対話などの取り組みが行われることはなく、現在でも戦時中に日本が行った行為について関係国と論争が続いているのが現状です。戦後の早い段階から過去の克服への取り組みが行われたドイツとは異なり、日本は戦争責任を免れない状況のなかで、自分達の歴史認識について批判的に考える必要性を理解できないうちに東西冷戦体制のなかに組み込まれてしまいました。戦後の対日政策に中心的な役割を果たしたアメリカは、当初日本の民主化と非軍事化を重視していましたが、冷戦の激化に伴い日本を信頼できる同盟国として、またアジアにおける非社会民主主義的な発展モデルとする必要性から政策の重心を日本の経済復興と安定化にシフトしています。これらの歴史的事実から、日本の戦後の歴史認識は当時の国際環境に影響を受けざるを得なかったことを明らかにしています。<br />
　第三章では、両国のIDの共通点と相違点をまとめました。共通点としては、敗戦を経験したという歴史的事実や決して誇ることのできないという国民意識、また戦後の驚異的な経済復興などが挙げられます。一方、過去の歴史への認識やそれに基づく歴史教育、また被害国への関係において相違点があることを説明した上で、現在の日本とドイツのアイデンティティは戦争という歴史と大きく関わっていることを世界価値観調査やイアン・ブルマの著書から明らかにしました。<br />
　日本とドイツの戦後アイデンティティは戦争の敗戦や過去の加害者としての責任といった歴史的事実に影響を受けており、この負の過去の歴史を乗り越えるという意識が戦後の日本の東洋の経済やドイツの奇跡の経済のような驚異的な経済復興の原動力の一つとなりました。つまり、日独の現在のアイデンティティは戦争の記憶とは不可分であり、両国の決して誇ることのできない過去の歴史が現在の歴史認識や国民意識に影響を及ぼしているのです。</p>

<p></p>

<p>お二人ともお疲れ様でした！来週はいよいよ四年生の卒論報告が始まります！<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>2011/10/11 ゼミ内容</title>
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    <published>2011-10-21T13:53:35Z</published>
    <updated>2011-11-13T08:30:22Z</updated>

    <summary> こんにちは！ブログ係の音石です。 今週はプレゼン2週目ということで、西田君と小...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <![CDATA[<p><br />
こんにちは！ブログ係の音石です。<br />
今週はプレゼン2週目ということで、西田君と小宮さんにプレゼンを行なってもらいました。<br />
以下、二人が書いてくれたサマリーです(∩´∀｀)∩</p>

<p><strong>西田圭吾くん『外国人の日本人論』<br />
</strong></p>

<p>「自分のことは自分にしか分からない」という言葉を使ったり、日常的にそう感じたりした経験があると思います。しかし逆に、人が自分に対して何気なく言った言葉にハッとさせられたりした経験もあるのではないでしょうか。このように、「外国人の日本人論」は見当違いである可能性もありますが、日本に対する新しい視点を得るきっかけとなり、自らのアイデンティティを再確認する手助けとなることもあります。この二つの可能性を念頭に置きながら発表を進めました。<br />
前半では「外国人の日本人論」の名著を二冊選び、実際に内容を検討していきました。<br />
一冊目はルース・ベネディクトの『菊と刀』です。この本では西洋人にとって矛盾の塊に見える日本人の行動が紐解かれています。分相応という概念やそれを生み出すきっかけとなった階層制度、また「恥の文化」について本の内容に沿って説明しました。60年以上前に描かれた日本人像はみなさんにとってどのように感じられたでしょうか。<br />
二冊目はヴォーゲルの『ジャパンアズナンバーワン』です。この本は高度経済成長を成し遂げた日本のどこがすごいのか、また見習えるところがあるのではないか、という視点のもと書かれた本です。ヴォーゲルが賞賛した日本的経営などを簡単に説明した後、それらの制度も現在では否定的に見られていることを言及し、日本人論は変わっても日本人自身は変わらないのではないかという疑問を投げかけました。<br />
後半では、日本観が「黄金のジパング」から「キリシタン型日本観」を経て、その次は「未知の国」と「芸術の国」という二つのイメージになり、戦後の経済復興に伴う好意的なイメージから批判へ、という流れを組んできたことを説明しました。また、日本人に対するイメージが論じる側と論じられる側の政治、経済的な事情と大きく関わっていることを説明し、「日本人論」の背景にあるもの読み解くことの必要性について話しました。このような視点を持ちつつ、持続してきた日本人の特性とは結局なんなのかと思いを巡らせることが、日本のアイデンティティを考えていく上でヒントになるでしょう。<br />
 <br />
以前から興味のあるテーマだったこともあり、発表の準備はとても充実したものになりました。当然のことかもしれませんが、ひとつのテーマに集中して研究を進めると相当な知識がつくことを改めて実感しました。このような機会を出来るだけ多く持ちたいと思いました（なかなか難しいですが）。<br />
もし僕のテーマに興味を持ってくれた人がいたら、『外国人による日本論の名著』と言う本が中公新書から出ているので手にとってみてください。その中でたくさんの日本人論の名著が紹介されています。様々な切り口から日本人論が発表されていますので、自分の好きなテーマの本から日本人に対する理解を深めていくといいでしょう。最後になりましたがゼミのみんな、オープンゼミに来てくださった二年生の方々、ありがとうございました。発表は終わりましたが、積極的にディスカッション等に取り組んでいけるよう日々精進していきますので今後ともよろしくお願いします。</p>

<p><strong>小宮明子さん『英語の世界的普及とその影響』<br />
</strong></p>

<p>『英語の世界的普及とその影響』というテーマでプレゼンテーションをしました。<br />
世界には現在多く見積もって約20億人の英語話者がおり、そのうち約13億人が非母語話者であるといわれています。英語は国際社会におけるさまざまな分野で国際語としての役割を果たしています。また、インターネットをはじめとする情報コミュニケーションにおいて、英語は支配的存在です。<br />
英語普及によるポジティブな可能性として、世界諸英語（World Englishes）の考えに触れました。英語はもはや母語話者のみならず、私たち日本人のような非母語話者が、多国間・多文化間コミュニケーションを可能にするツールだという考え方です。また、英語が国内コミュニケーションを円滑にする例として、シンガポールを挙げました。その普及とともに英語は多様化・脱英米化するといわれています。その土地の歴史、社会、文化などの影響により、独自の発展を遂げている英語が世界各地でみられます。そして英語を話すからといって英米的価値にとらわれる必要はなく、私たちは自分の文化やアイデンティティを表現し、他文化を理解する手段として英語を使うことができるというのが、世界諸英語の考えです。<br />
英語の普及により懸念される事柄も２点紹介しました。一つは英語の地位の上昇と権力化です。英語が世界共通語になることで、非英語圏の人々は不利な立場に立たされていしまいます。不平等なコミュニケーションは、英語ができてあたりまえという差別意識を生み出しかねません。英語を話せなければ相手にされないという状況が、近年ますます多く見受けられます。そして、英語の優位性は英語に権力を与えます。英語ができることが社会的・経済的に有利となり、社会に序列を生んでいるといいます。非母語話者は生まれながらにして不利な立場に立たされており、英語支配は不平等な競争をもたらしているのかもしれません。<br />
もうひとつは、英語による文化支配です。英語普及は少数言語の衰退と消滅に拍車をかけています。現在世界6000語のうち将来にわたって安泰なのはわずか5～10％といわれています。英語の影響で衰退した言語の例としてハワイ語を挙げました。もちろん少数言語のみならず、様々な言語の英語化が日々進行しています。ここで、日本語のカタカナ語・外来語への過度な傾倒を指摘しました。そして言語は文化の中核なので、英語の普及とともに私たちの価値観や精神までもがアメリカ化し、文化の固有性が衰退するのではないかという懸念がされています。社会において英語を話せることがステータスとなり、富や成功を求め人々は英語に憧れ、一方で自文化を否定、軽視してしまう場合があります。中国を例に あげました。これは様々な人のアイデンティティを揺るがす大きな問題といっても良いのではないでしょうか。こんな潮流のなか、フランスは英語支配に危機感を示し、言語防衛に取り組んできました。<br />
英語はグローバル社会における国際言語として、非言語話者を含む多くの人々の多文化間コミュニケーションを可能にする重要な役割をはたしていえるといえるでしょう。今後わたしたちが国境を越えて様々な分野で交流する上で共通語は不可欠となるでしょうし、英語がそれに一番近い位置にあることはもはや否定できません。しかし、国際言語としての英語を考えるには、同時に英語普及による負の側面である英語の権力化や文化支配といった問題の危険性にも必ず目をむけていかなければならないでしょう。</p>

<p>ディスカッションでは英語輸入による実生活でのメリット、少数言語を保持する意義、日本語におけるカタカナ語のイメージとその効果、文化と言語の関係などについて様々の議論をすることができ、大変有意義なものとなりました。</p>

<p>以上です。<br />
先週に引き続き今週も公開ゼミということで、2年生が見学に来てくれました。<br />
未来の押村ゼミの担い手（?）に向けて、有意義な授業ができたのではないかと思います。</p>

<p>そしゃ</p>]]>
        
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    <title>2011/10/4 ゼミ内容</title>
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    <id>tag:blog.sipec-square.net,2011:/t-oshimura/seminar//2.156</id>

    <published>2011-10-13T02:00:32Z</published>
    <updated>2011-11-13T08:32:35Z</updated>

    <summary>こんにちは！！今週は後期初めてのプレゼンで、長谷川くんと杉山さんがプレゼンしてく...</summary>
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        <name>管理人</name>
        
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        <![CDATA[<p>こんにちは！！今週は後期初めてのプレゼンで、長谷川くんと杉山さんがプレゼンしてくれました！<br />
以下お二人のプレゼンサマリーです＾＾</p>

<p><strong>長谷川稜くん　『平和構築とアイデンティティー教育の役割』<br />
</strong><br />
冷戦が終わり、21世紀に突入してから10年が経った2011年現在でも紛争が絶えません。それでも世界は古代の自然状態から知恵を積み重ね、試行錯誤を繰り返しながら平和へと一歩ずつ歩みを進めてきました。1992年、当時のブトロス・ガリ国連事務総長は国連の今後の役割を論じたリポート「平和への課題」を発表し、平和構築を国連の主要課題として明確に位置づけました。プレゼンテーションではこの平和を構築するプロセスと、平和構築におけるID教育の役割について発表しました。</p>

<p>プレゼンは主に2つの項目に分けました。平和構築そのものに関するものと、平和構築におけるID教育という2パートです。それぞれのパートの下地にはアフガンとコソボを据えました。<br />
第一部の平和構築ではまず平和の定義を確認しました。「戦争の対極が平和なのではないという」前置きの上で、平和を積極的平和と消極的平和に区分し、本論においては積極的平和が目指す平和であることも確認しました。そういった平和は世界平和宣言やミレニアム開発目標にも見て取れます。<br />
平和構築の要因を取り出し、平和と開発は不可分である理由を説明しました。<br />
続いて、平和構築の主体として国連、国家、NGO、援助機関を列挙した上で、適切な平和構築には外部と内部の協力が不可欠であることも強調しました。<br />
日本や国連が次世代に平和構築を進めていく上で、「平和執行」との違いを理解することが必要ということで、２つの概念の違いも確認しました。<br />
最後に平和構築の具体的プロセス、レジティマシーの果たす役割を論じました。<br />
第二部のID敎育では、教育が包括する広範な射程のなかでも特に基礎教育が重要な理由を開発との関係を絡めて詳述しました。<br />
その際に、「万人のための教育世界会議」や「世界子ども白書」を参照しました。<br />
平和構築において目指すIDとは所与のものではなく、選択可能なものです。「文明の衝突論」が孕む危険に留意した上で、民族共生のためにはアイデンティティが積極的に選択可能なものであるということを認識することが重要なのです。<br />
続いて、民族、宗教の壁を越えて共存できる社会の実現に向けて市民教育が果たす役割について言及しました。特に、人権教育、人間の安全保障、基本的人権の共有を民族隔たりなくすることは不可欠です。折に触れて、人的資本と社会関係資本の概念についても言及しました。<br />
教育を進める上で、考えうるアプローチとして2つ提示しました。多様性の包含か共同体意識の促進です。<br />
平和構築は気が遠くなるような作業かもしれません、でも細かい一つ一つの行いが連鎖を続けて大きな円環を生んで平和は築かれていくのだと思います。アイデンティティは戦争を引き起こす危険性を孕むと同時に、戦争から人々を救い出し、平和を構築するための光にもなりえるのだと思います。</p>

<p></p>

<p><br />
<strong>杉山晶子さん　『日本外交のアイデンティティ～ソフトパワーとクールジャパン～』<br />
</strong><br />
【内容】「クールジャパン」という言葉を聞いたことがありますか？アニメやマンガをはじめとする日本文化が海外で「クールジャパン(かっこいい日本)」と呼ばれ親しまれているのです。これを受けて日本政府も自国の文化を海外に知ってもらおうと「クールジャパン戦略(=文化外交)」に力を入れ始めています。今回のプレゼンは、この「クールジャパン」にフォーカスしました!①【クールジャパンの背景】戦後、非軍事的手段による外交、とくに"経済外交"（ODA援助やTICADの共催)を行ってきた日本。しかし90年代以降の不景気によって強みであった"経済"にも陰りが見えてきます。そんなときジョセフ・ナイが提唱した「ソフトパワー(魅力によって望む結果を得る力)」と海外における「クールジャパン」現象。ソフトパワーの源泉である「文化」をもっと高め、経済成長や国のイメージ向上につなげよう、ということで「クールジャパン」戦略が生まれます。つまり、"経済"の次は"文化"を強みにしよう、ということです。②【主な取り組み】ポップカルチャー(マンガ、アニメ、ファッション)は外務省、日本食は農水省というように、複数省庁が連携してクールジャパン戦略が進められています。今回プレゼンでとりあげたのはこの二つですが、実際は観光庁による観光客誘致PR活動や、歌舞伎や和太鼓など伝統文化の発信も外務省、文化庁、国際交流基金などによって行なわれています。また、3.11東日本大震災後の風評被害や観光客減少を受けて、イメージ回復・復興のためにも、より一層力が入れられています。③【批判と課題】最後に、クールジャパンに対する批判（「国家は魅力ではなく利害によって行動する」「文化を外交のツールにしている」等）をあげました。また、各国の在外文化交流機関の数・予算の比較や、対日イメージ調査(韓国と中国)のデータから今後の課題をあげました。韓国では、日本に対してPositiveな印象を抱いている人の割合が前回調査よりも大幅に上昇し(37→64％)、Negativeは減少(52→29％)していました。しかし、中国はNegativeと答えた人の割合が前回調査より数値は下がっているものの(55→47％)、他国に比べて断トツで高くなっていること、を示し、中国に対するクールジャパン発信のあり方を考えることが大切であると説明しました。</p>

<p> 【ディスカッション】「文化が国民感情の溝をどこまで埋められるか」、という話がありました。韓国において対日イメージが改善した背景として、日本における韓流ブーム、そして韓国でも日本文化が「日流」として親しまれたことがあげられます。このことから、時間はかかるかもしれませんが、文化交流によって国民感情の溝を埋めることは可能だと思います。最近の韓国関連報道は韓流スター来日などの明るいニュースが目立ちますが、中国関連は列車・地下鉄の事故やキャラクターのパロディなど良くはないニュースが多い気がします。こうしたニュースは国民感情形成にも大きく影響しており、メディアの役割は大きいと感じます。また、「日本で韓流ブームが起こり→韓国で日流ブームが起こった」ように、日本が一方的に発信するのではなく、受容することこそ大切であるという意見もありました。「双方向性」は重要だと感じました。 </p>

<p>【感想】前期じゃんけんで負けてしまったので、後期のテーマ選びは優先権をいただき、以前から関心のあったこのテーマをやらせていただきました（ありがとうございました!!）。しかし全体的に資料が少なく、今回は各省庁のHPを活用しました。興味がある方は『外交フォーラムNo.252』（都市出版株式会社、2009.7）や『外交Vol.3』（時事通信社、2010）から読み始めると良いと思います！押村ゼミには先生を含め海外経験のあるメンバーがたくさんいるので、海外で日本人がどう見られていたか(ポケモン、捕鯨...)、を聞くことができて楽しかったです。しかしその一方で、皆さんの経験談を聞いて、正しい日本人像を伝えることの難しさも感じました。また、今回はオープンゼミということで、見に来て下さった2年生、ありがとうございました!押村ゼミの雰囲気が少しでも伝われば幸いです。</p>

<p></p>

<p>そうなんです！！今週はたくさんの二年生がゼミ見学に来てくれました！！来週も公開ゼミなので、押村ゼミが気になっている二年生は遊びに来てくださいね～！</p>]]>
        
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