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2014.12.9 ゼミ活動報告

こんにちは。HP係の杉山です。
本日は、4,5限とも4年生の卒業論文中間報告でした。本日は、3人の先輩方にプレゼンテーションしていただきました。以下、要約です。

青木花菜 『カタルーニャナショナリズムの現在―地方独立に揺れるスペイン―』

今回は、本論文第二章「言語とカタルーニャアイデンティティー」より抜粋してプレゼンテーション致しました。
カタルーニャ地方は長年、フランコ独裁下において弾圧を受けていた。「統一されたスペイン」を標榜するフランコは、地方の固有言語であるカタルーニャ語の使用を禁止。公共の場で使用するものならば、「帝国の言葉(=スペイン語)を話せ」と治安警察隊に市民を逮捕させていた。
フランコが死去すると急激に民主化がすすむ。1978年施行のスペイン民主憲法で、地方言語の保護と保障が明文化されたことにより、カタルーニャ地方ではカタルーニャ語が公用語と認定された。言語正常化政策の努力もあり、カタルーニャ語の話者数は現在およそ600万人とも言われ、一国家並みの話者数となっている(デンマーク語よりも多い)。
 2013年にカタルーニャ自治州政府は、Understanding・Speaking・Reading・Writingの4つの能力における、スペイン語とカタルーニャ語の市民の能力度の割合を発表した。スペイン語は全てにおいて90%を超えているのに対し、カタルーニャ語はWritingでは60%強にしか至らなかった。だがUnderstandingは90%超ということから、言語正常化政策を中心としたカタルーニャ語の市民への普及はある程度成功といえる。また、スペイン語を母語とする人が55.12%に対し、カタルーニャ語は31.02%というデータがある。3割しかカタルーニャ語は母語話者がいないにも関わらず、市民のその理解度は高いことが分かった。
 では市民が実際に使っている言語はどうなのだろうか。こちらも2013年に自治州政府によって発表されたデータによると、ほとんどの状況ではスペイン語のほうが主として使われている頻度が高いのに対し、カタルーニャ語がそれを上回った状況は、「授業」「地方行政機関」「自治州政府内」だけであった。このことから、積極的にカタルーニャ語が使用されている環境以外においては、つまり自主的にはスペイン語を使う割合の方が高いことが考察できる。
 先ほどカタルーニャ語が公用語と認定されたと説明したが、カタルーニャ語を自治州政府が前面に推すあまり、新たな問題も近年発生している。その一つが、2010年のスペイン憲法裁判所によるカタルーニャ州新自治憲章の違憲判決だ。カタルーニャ市民はアイデンティティーの根幹を否定されたに等しく、この2010年を境に毎年9月11日にはバルセロナを中心に大規模なデモが行われるようになった。
アイデンティティーを考えるには言語は不可分であり、引き続き分析を続けたい。


岡崎穂乃香 『アメリカ社会がもたらすマイノリティの受容変化 ~ディズニーアニメーションからみる女性描写の変容~』

 1937年に『白雪姫』が公開されてから現在に至るまで時を経てディズニーアニメーションの中の女性の描き方に変化が見られる。それは、CEOが変わっただけでなく、時代の変化が影響しているのではないだろうか。1960年から1970年にかけてアメリカでは第二派フェミニズム運動が活発になり多くの理論書やフェミニストたちによるデモや抗議運動が行われた。そこを境にディズニーアニメーション映画においてもフェミニストを意識したような作品が多く登場する。「白雪姫」「シンデレラ」「眠れる森の美女」はウォルトが手掛けた作品であるが、これらに登場するヒロインは当時のアメリカ人の理想とする女性、受動的な女性が描かれている。一方で、1989年公開の「リトル・マーメイド」以降はより強い女性が描かれている。プリンセスストーリーであるから最終的には結婚という形で話は終わるが、ヒロインの描き方には初代の映画から変化が伺える。特に1998年公開の「ムーラン」は男の中で生きるヒロインが描かれており、男性以上に活躍する行動的な姿で描かれている。このようにそれぞれの映画はそれぞれの時代背景、時代の流行を反映した作品となっており、デイズニー映画として世界中の人に愛されてきた。しかし、今もなお「白雪姫」や「シンデレラ」は不動の人気を誇っている。これらは当時の時代を反映した女性像であり、「女らしさ」が描かれている。これらを小さい頃に目にすることで固定観念を植え付ける原因となるのではないか。女性の社会進出が謳われる一方、女性が定年まで働く数、女性の雇用率は依然として男性よりも劣った数値である。これはやはり固定観念が未だ解き放たれていないことが原因なのではないか。今後の章に繋げていこうと考えている。

船津美穂 『中国現代史にみる道徳観の影響』
 中国人の伝統的な道徳感としてある「儒教」、またその伝統的な道徳間が共産党成立、文化大革命を受け崩壊し革命的な道徳へ、更に経済的政治的な背景によってどのように変化したのかを発表しました。
まず中国人の伝統的な道徳観の基盤としてあげられる儒教では、主に実践的道徳の「三綱」と抽象的道徳の「五常」があげられる。三綱は君臣、父子、夫婦間の道徳であり、対象が限定されていることから実践的である一方で五常は対象を限定せず、仁、義、礼、智、信を説くことから抽象的な道徳と考えられる。
しかしこれらの伝統的な道徳は共産党成立〜文化大革命期において宗教の否定とともに崩壊し、「革命的な伝統」へと変化する。文化大革命期において宗教は封建的な道徳を尊重する保守主義として批判され否定され、人々は信仰を失うことになる。更に文化大革命により教育機関は麻痺、停止し学生は扇動され革命にかりだし教師、友人、自らの親までもを密告し批判闘争にかけ静粛した。
1979年以後から文化大革命によって教育をまともに受けることのできなかった親世代は応試主義として子供を学力競争にさらし、更に政府による一人っ子政策を受け80年代以後に生まれた子供は比較的豊かな時代に生まれたため我がままで自己中心的で「小皇帝」と呼ばれる子供たちが多く育った。又、80年代鄧小平による経済開放政策では、「先豊論」として経済格差、地域間格差が拡大し信仰が否定された人々は拝金主義に落ちいる傾向が強く見受けられた。このように伝統的な道徳観は文化大革命により崩壊し、革命的な伝統へと変化、更には経済、政治政策により変化を遂げたと考えられる。

投稿者 student1
2014年12月10日15:54 [週刊押村ゼミ]