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People



下山恵介さん(2006年卒業)

ダイハツ工業株式会社
国際経済学科 2006年卒業

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強い目的意識を持った大学の仲間に刺激を
受け、自分自身も大使館での勤務に挑戦。
その経験が今の仕事にも役立っています。

大学3年次終了時に休学し、外務省の在外公館派遣員制度で在ナイジェリア日本大使館に2年間勤務しました。
アフリカという全く異なる価値観の中で過ごした2年間、少し危険な思いもしましたが、若くして生の外交現場、そして発展途上国での生活を経験できたことは、今ではかけがいのないものになっています。任期終了後は大学に復学し、自動車メーカーに就職しました。
現在はアフリカ諸国への海外営業を担当していますが、ナイジェリアにいたということで、取引先のお客様とも話が弾み、スムーズに仕事をさせてもらっています。
国際政治経済学部の魅力は強い目的意識を持った学生が多いことです。在学中、色々な事に挑戦している仲間の姿を見て、とても刺激を受けました。無限の可能性がある大学生活、是非積極的に行動してチャンスを掴んでください。


Category: 卒業生
Posted by sipec at 18:25


栗原志保さん(1998年卒業)

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
国際政治学科 1998年卒業
2001年司法試験合格

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弁護士は多くの困難な問題に直面します。
そんな時も青学のゼミで積み重ねた経験
や知識に助けられてます。

大学卒業後、裁判官として仕事をしていましたが、現在は2年間の予定で弁護士として弁護士事務所に勤務しています。裁判官も様々な経験をして視野を広げるべきだという、他職経験制度によるものです。いずれの仕事も人の人生の転機に関与するものですから、責任が大きいとともに、人に共感する気持ちが大切だということを日々感じています。仕事では大きな問題にぶつかった時も、立ち向かう気持ちを失わず、解決手段を見つけなければなりません。そんな時、学生時代にゼミの論文をまとめるために様々な問題に対する検討を重ねた経験や知識がとても役に立っています。また、学生時代の友人は気兼ねなく話ができる大切な宝物です。皆さんも、いろいろなことにチャレンジできる学生時代を、人生の宝物になるような経験や友人が得られる素敵な時間として過ごしてください。


Category: 卒業生
Posted by sipec at 18:21


田中慎吾さん(2006卒業)

住友不動産株式会社/都市管理事業本部法人営業部勤務

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「国際政治経済学部で学んだ見識は、高度な
コミュニケーション能力が必要とされる営業の仕事にも生かされる。」

東京23区を中心に展開するオフィスビルの新規営業を担当。テナント誘致の仕事をしている田中さんにとって、日々変わりゆく東京の街が仕事場です。

■現在のお仕事を選ばれた理由は?

私が現在身を置いている「不動産ディベロ
ッパー」という業界は、都市再開発事業等を通じて、街に新たな価値と活気を生み出すだけでなく、関連産業にも潤いをもたらすことで日本経済に大きな影響を与える業界です。学生時代から、社会に大きな影響を与える仕事をしたいと常々考えていた私にとって、現在の仕事は非常に魅力的でした。

■国際政治経済学部を選ばれたきっかけは?

入学前から経済を勉強したいという気持ちはありましたが、政治や金融、ビジネスにも関心があり、自分が何をしたいのか大学時代を通じて固めていきたいと考えていました。その点で、国際政治経済学部は他学科、他コースの授業も自由に学ぶことができるため、幅広い知識、見識を得るとともに、徐々に専門性を高めていくことができました。著名な教員の方々が多い点や、多彩なオムニバス形式の講義を受講できる点も同学部を選んだ理由の一つです。

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■国際政治経済学部で学んだことで、生かされていることは?

国際政治経済学の分野と私の現在の仕事内容は、一見関係性がないように見えますが、営業という仕事は社会におけるあらゆる知識を備えておくことが不可欠ですし、高度なコミュニケーション能力を必要とします。国際政治経済学部で学んだ政治や経済に対する見識は、得意先との会話や社会の流れを把握する上でも生かされていると思います。また、ゼミでは現役・OB交流会が定期的に開かれ、学生のうちから社会で活躍されている方々と交流する機会が持てたのもいい経験になりました。

■お仕事をされる中で、大切にされていることは何ですか?

ありきたりですが、何事も前向きに捉えること、そして全力を尽くすことを大切にしています。現在の仕事は職種上、結果を意識しがちですが、結果は後からついて来るものだと考えています。結果がどうあれ、それが全力を尽くした結果であれば悔いも残りませんし、前向きな気持ちがあれば何事もプラスに変えられると思っています。

■国際政治経済学部を志望する後輩へメッセージを。

青山学院大学、そして国際政治経済学部には、何事にも全力で取り組める環境が用意されています。色々なことに興味を持ち、色々なことに積極的に取り組めば、自ずと将来への道が見えてくるはずです。私はゼミ活動に力を入れましたが、そこでは素晴らしい仲間たちと素晴らしい先生に巡り合うことができました。あなたもこの国際政治経済学部で色々な人と触れ合い、自分のやりたい事を見つけ、有意義な大学生活を送られることを、心から願っています。


Category: 卒業生
Posted by sipec at 17:56


謝沛融さん(2008修士課程修了)

国際貿易業務

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青山学院大学で
外国人の私

子供の頃は日本に憧れ、中学生のときにはもう、「いつか日本に留学したい」という願望がありました。

母国で大学に入り、台湾は島国で天然資源も特にありませんから、もし、経済発展を続けたいなら、国際貿易しかありません。これを認知しながら、青山学院大学の国際政治経済学研究科に入学しました。

青山学院大学で、先生や生徒がグローバルな世界観を持ち、外国人の私も気楽で2年間の大学院生生活を過ごしました。ここで、異なる視点から、中国経済の発展や世界経済との繋がりなどを学び、視野がもっと広がりました。日本に来てから、以前、日本に対する想像は実際の生活で体験しながら、研究生活では中兼先生のもとで、他の院生と共に中国経済と日本経済の特徴を認識して、ロジック的な思惟を習得しています。

卒業後、企業で国際貿易業務という業務を勤め、大学院で学びました思考方法と異文化の接触仕方を活かし、経済専攻で数字に対する分析方法を活用したいです。


Category: 卒業生
Posted by sipec at 11:44


笠原麻未さん(2007修士課程入学)

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過去を振り返り、
未来を見据える場所

大学時代に軍縮・不拡散分野に興味を持ち、より深く学びたいと思い本学に入学しました。1年目はコースワーク中心で、週に4~5コマ受講しましたが、多くの講義が夜に開講されるので、昼間は研究所のインターンをしたりシンポジウムに参加することが出来ました。現在、2年目を迎え修士論文の作成に取り掛かりました。テーマは日本の核オプションの放棄についてです。核兵器の問題は理論や地域研究などさまざまな講義で扱われるので、1年目に多くの先生や学生の意見を聞けたことが、論文を作成する上でのヒントとなっています。

また、本学にはさまざまなバックグラウンドを持った学生が集まっており、特に社会人学生の方々がとても気さくで、多くの学生の相談に乗ってくださいます。さらに専攻の異なる学生や博士課程の方とも、院生用の研究室を通じて交流があり、良い刺激となっています。

このように、高度な専門教育に触れながら、魅力ある学生と交流することによって、学問のみならず、自身の生き方や将来を考える上でも得るものが多く、非常に恵まれた環境にあると実感しています。


Category: 卒業生
Posted by sipec at 11:34


渥美さくらさん(1994年卒業)

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)/ジュネーブ本部勤務

1994年国際政治経済学部国際経済学科卒業。ケンブリッジ大学大学院修士課程修了。
現在、国連難民高等弁務官事務所の本部があるスイス・ジュネーブに在住。

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「国連の“平和維持軍”と“人道援助活動”という
まったく考えの違う組織の橋渡しをしたい。」

国連難民高等弁務官としての緒方貞子さんの活躍も記憶に新しいUNHCR。渥美さくらさんは、そこで世界を舞台に活躍されている日本人の一人です。

■現在のお仕事を選ばれた理由は?

国際的に人道支援をしている組織に興味を持ったのは中学の頃からで、将来、国連で働きたいと思うようになりました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、難民・避難民の保護、難民・避難民の自立を手助けするというとても実践的な仕事です。

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■将来のキャリアのためにどのように大学の学部を選ばれましたか?

国際公務員になりたいと思っていたので、色々な分野の勉強ができるところが良いと思いました。国際政治経済学部は3つの専攻に分かれていますが、学部内でどの学科の授業も受講できます。国際経済と国際政治両方に興味を持っていた私には最適でした。イギリスの大学院を受験する際、青山の先生方がとても親身になってサポートしてくださいました。どの大学院にどういう教授がいるかなどの的確なアドバイスを受けられました。自分の未来を設計するネットワークが作れる環境が重要です。

■国際政治経済学部で学んだことで、生かされていることは?

国際法や国際法ゼミで学んだ難民法の知識が現在の仕事に非常に役に立っています。国際経済学科の講義で学んだ開発援助、国際経済学の知識も難民支援の状況把握にとても役立っています。また、ゼミでは“コミュニケーション”能力もつける事ができました。

■国連難民高等弁務官事務所での仕事を通して、実現したいことは何ですか?

国連の平和維持軍といっても実態は「各国の軍隊」です。当然、状況判断や優先順位のつけ方が、人道援助活動とは違います。平和維持活動として行動する「軍」と人道援助という二つのまったく考え方の違う組織の橋渡しをすることが私の夢です。

■国際政治経済学部を志望する後輩へメッセージを。

大学時代はなるべく様々な分野に興味を持ち、学ぶことを勧めます。国連のような国際公務員を志望する場合、専門性を要求されますが、逆に専門分野だけでは生き延びられません。専門を持ちながら、同時にどの分野でも働ける柔軟性が要求されます。
また、大学に入ったら、なるべく多くの経験をつむのが大切です。何事にも興味を持って挑戦してみることをお勧めします。

(※2008年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 20:00


坂部健太郎さん(2004年卒業)

国際政治学科 2004年卒業 海上自衛隊幹部候補生学校(江田島)卒業

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大学で学んだ国際政治や安全保障を、
直接自分の肌で感じられることが、
いちばん仕事にやりがいを感じる時。

青山学院大学の国際政治経済学部を選択したのは、もともと外交史など歴史に興味があり、とくに国や社会がいかなる理由でどのように動くかを分かりたかったからです。本学の優れた先生も魅力でした。

本学部に入って参加したのが安全保障のゼミだったことや、青山学院大学で学んだ国際政治の理論や外交・戦争の歴史についての考え方が正しいのかどうかを、現場に実際に自分が行ってみて、確認してみたかったというのが私が海上自衛隊に職を決めた理由です。

今一番仕事にやりがいを感じるのが、テロ特措法でインド洋に派遣されたり、WPNS若年士官交流プログラムでシンガポールに派遣されたり、また遠洋練習航海に2回参加する機会を与えられ、国際政治や安全保障の現場を直接自分の肌で感じることができる時です。

受験生の皆さん、本学部は伝統的な理論から最新の手法まで、国際政治を学ぶには最適の環境が揃っています。本格的に学問、あるいは実務の基礎として国際政治を学びたい方には最適だと思います。

■略歴

11.4~16.3 青山学院大学(国際政治経済学部)
16.4~17.3 幹部候補生学校(江田島)
17.4~17.9 遠洋練習航海(世界一周)
17.9~18.12 護衛艦きりさめ通信士(佐世保)/(14次隊インド洋派遣:17.11~18.4)
        /(シンガポール海軍遠洋航海参加:18.8)
18.12~現在  練習艦かしま機関士B(呉)/(環太平洋:19.4~19.9)


(※2008年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 17:55


加藤孝光さん(2000年卒業)、越智洋平さん(2001年卒業)

SIPEC PEOPLE インタビュー
株式会社マイクロウェーブ 加藤孝光さん 越智洋平さん 

――現在、株式会社マイクロウェーブの代表をなさっている加藤さん(写真左)と、一緒に働かれている越智さん(写真右)のお二人にインタビューをさせてもらいました。お二人は国際政治経済学部の同期入学の友人同士。加藤さんはマイクロウェーブの実質的な設立メンバーで、越智さんは会社の拡充に伴い、今年からはマイクロウェーブに参加しています。

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■株式会社マイクロウェーブとはどのようなことをされている会社ですか?

加藤:「テクノロジーをもって、円滑なコミュニケーションとエモーショナルな価値を実現する」をコンセプトに事業・サービスを行っている会社です。ホームページや紙などの媒体を通じてお客様に何かを伝えていこう、というのがサービスポリシーです。単に綺麗なデザインをするだけではなく、人と人をつなげるための手段としてホームページや紙媒体を利用しています。例えば、青学のホームページであれば、青学の学生の皆さんと、先生方、ご家族、受験生、卒業生といった関係者をつなげるためにホームページがあります。いかに利用者をつなげる仕掛けを作っていくか、ということを考えてウェブサイトを制作しています。

■お二人に伺いたいのですが、お仕事はどのようなことをされていますか。

加藤:代表をしています。会社の方針や、会社運営といった、全体的なことを考えています。また、ベンチャーということもあって、現場の業務も併せて担当しています。営業が現場での私のメイン業務です。新規のクライアントの開拓などを主に行っています。
越智:私は、コーポレート本部というところを取りまとめています。コーポレート本部というのは、経理とか、人事とか、総務とか、そういった会社を支える基盤となる業務を担う部署です。また、それとは別に、企画戦略局という部署も兼任しているのですが、そこでは経営コンサルティングを行っています。

■大学を卒業されてから、どのような経緯で今に至っていますか?

加藤:私は2000年の3月に大学を卒業して、株式会社USENに入社しました。1年目はインターネット事業部というところで有線のパッケージ等の販売、そのあとは光ファイバーの営業をしていました。それを5年くらいやっていたときに、誘われて創業間のないこちらに来ました。当時は創業者が個人事業的にやっていたのですが、それをちゃんとした会社組織にしよう、ということで、実質的な会社設立からこの会社に関わっています。
越智:私は在学中から公認会計士の勉強をしていて、卒業後も受験浪人をして、米国公認会計士(C.P.A.)の資格を取りました。その後、日本能率協会コンサルティング、という経営コンサルティングファームに入社しました。そこで戦略系の経営コンサルタントとして、M&A(企業の合併買収)に伴う企業評価、マーケティング戦略立案、業務改善といったことを経験し、今年から、マイクロウェーブに入りました。

■どうして会社を始めようとなさったんですか?

加藤:人生は1度だし、やりたいことをやろうよ、という気持ちが一番強かったですね。その中で、USENでやれることと今のこの会社でやれることって違うのですが、今の会社のほうが自分の価値観に合っていました。お客様が100人いれば100通りの要望がありますが、それにきちんと応える機会がほしいと思ったんですよね。

■大学時代で得たものは?

加藤:4年間という、働かないで自由に使える時間を買ったのかなぁ、と感じますね。休みを使って、長期間海外に行ったりするなど、今では絶対にできないし、いい経験ができたのではないかと思います。
越智:社会人の今とは違い、時間が潤沢にあったので、普段の自分ではやらないようなことにトライしてみたりして、視野を広げることができたと思います。

■大学時代にしておいたほうがいいことはありますか?

加藤:遊んでおいて欲しいですね。時間があるから海外に行くとか、いろんな経験をして欲しいな。ボランティアなどしてもいいと思います。4年間という時間はそんなに取れるものではないから、それを最適に使うことですね。
越智:ただ4年間を漠然と過ごすのではなく、4年間という時間を自由に使えることにありがたさを感じて、勉強をするにしても遊ぶにしても、時間を有効に使って自分の成長につなげようとすることが大事かな、と思います。

■会社を興したいと思っている後輩にアドバイスをいただけますか?

加藤:起業することは誰にでもできるけれども、起業した後が重要となります。また、市場から評価されること、社会に必要とされることを行うことが要求され、厳しいところもあります。でも、起業してみたいという気持ちがあったら、やってみたらいいのではないか、と思います。起業することで気づいていくこと、困難に思うことがいっぱいあるだろうと思いますが、その経験の中から学びながら、頑張ってもらいたいと思います。


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株式会社 マイクロウェーブ
http://www.micro-wave.net/
加藤孝光(2000年 国際経済学科卒)
越智洋平(2001年 国際経済学科卒)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 11:56


本清耕造さん(1986年卒業)

SIPEC People で以前も紹介した、外交官の本清耕造さんが、他の青学出身外交官の方々と一緒に、『青山学報 219号』で紹介されている。

本清さんは、卒業後、本学大学院国際政治経済学研究科に在籍中に外交官試験に合格し、87 年外務省入省。中南米第二課首席事務官、人権 難民課首席事務官、在スペイン大使館、在イン ドネシア大使館等を経て、05年より国際科学協力室長として活躍している。

『青山学報』の当該記事はPDFで、こちらから。

(学部広報委員会)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 09:10


寺田真実さん(1997年卒業)

 本学部国際経済学科出身の寺田真実さんが、現在、劇団四季「壁抜け男」で活躍中である。

 寺田さんは卒業後、時計メーカーに入社し海外営業マンをしていたが、劇団四季が行った2000年末のオーディションを受け合格。2001年に入団した。その後、「オペラ座の怪人」では支配人ムッシュー・アンドレや大道具役のジョセフ・ブケー等に出演、また「美女と野獣」や「アスペクツオブラブ」にも出演するなど、着実にキャリアを重ねている。

 今回の「壁抜け男」は、フランスの作家、マルセイ・エイメの小説をミュージカルに仕立てたコメディタッチの物語。寺田さんは現在、医師、警官、弁護士の重要な3役を一人でこなしている。ただし、キャストは週替わりのため、本ミュージカル公演期間に、汐留で公演中の「オペラ座の怪人」への出演になることもあるという。詳しくは、劇団四季のオフィシャルホームページの中のキャスト情報でご確認を。

○劇団四季 「壁抜け男」○
 2006年9月9日から11月19日
 浜松町 自由劇場にて

■寺田さんからのひとこと
 私は当然音大出身では有りませんし、脱サラした訳ですから劇団に歌審査で合格した中ではかなり特殊です。ただキリスト教の牧師家庭で育ち、幼い頃より賛美歌やゴスペルを聞き、そして教会で歌ってきましたから、有る意味英才教育だったのかもしれません。今まで自分に与えられた環境に感謝しながら日々の舞台に臨んでおります。
 「壁抜け男」はとてもお洒落で心癒される演目です。仕事や恋、普段の生活に疲れた大人の為に有るミュージカルです。観て帰られるときには「人生っていいよなー」って思って頂けると思います。是非一度観にいらして下さい。


Category: 卒業生
Posted by sipec at 14:42 | Comments (0) | TrackBack (0)


栗原志保さん(1997年卒業)

憲法記念日の5月3日(水)、テレビ朝日「報道ステーション」の特集「初公開!女性裁判官の"仕事"」で、本学部国際政治学科出身の栗原(旧姓富森)志保さんが、クローズアップされた。

栗原さんは2001年に司法試験合格後、2003年から広島地方裁判所刑事2部に所属している。番組では、栗原さんが裁判に向けて準備をする様子や、3年後に始まる裁判員制度を説明する市民講座の講師をつとめている様子などが報道された。


Category: 卒業生
Posted by sipec at 14:20


堂場瞬一さん(1986年卒業)

作家/新聞社勤務

1986年国際政治経済学部卒業。読売新聞社入社後、数多くの取材現場を経験。そのかたわら小説を執筆し、第13回小説すばる新人賞受賞作『8年(集英社)』、『雪虫(中公文庫)』ほか著書多数。

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「青学での出会いがきっかけとなり、新聞記者、そして作家へ。夢をつかんだ今、より貪欲に、人の心を描きたい。」

2000年、大リーグに挑戦する日本人投手を描いた『8年』で作家デビューを果たした堂場さん。緻密な取材をもとに、アスリートの挑戦や葛藤、人間の内面に潜む心を描く小説を送り出している。

■作家を志したのはいつ頃から?

子供の頃から、なんとなく物書きになりたいと思っていました。でも、作家になる方法なんて知らない。大学進学のときも、まだ漠然とした夢でした。国際政治経済学部を選んだのも、「新しい学部※だから面白いのでは」という軽い気持ちでしたね。作家への思いを強くしたのは、青学で過ごした学生時代です。
(※本学部は1982年に開設しました。)

■大学で、きっかけとなる出来事はありましたか?

ひとつは、英語翻訳の授業で読んだトルーマン・カポーティの小説との出会い。特にノンフィクションの傑作『冷血』にはたいへん影響を受けましたね。作家として目指す方向が見えてきた、ターニングポイントになった授業でした。そして、「将来は物書きになりたい」と相談したのが、ゼミの(故)堂場先生※でした。先生の「それなら新聞社に入りなさい。その後、何を目指すにしても為になるから」というアドバイスが、その後の進路を決定づけてくれたのです。作家としての僕がいるのも先生のおかげ。実は僕の名前(ペンネーム)は先生からいただいているんです。
(※堂場肇先生は読売新聞の論説委員等を歴任された方で本学部の教授として教鞭をとられていました。)

■そして新聞社入社。小説を書き始めたいきさつは?

入社後は、働きづくめで自分の生活はまったくない何年間でした。「取材で体はフラフラでも、意識があれば記事は書けるだろ」という職場で、たっぷり鍛えられました。小説を書き始めたのは、10年前、インターネット関係の部署に移動し、時間の余裕ができた頃からです。でも、得意としたミステリーを書いて各賞に応募しても、候補の常連にはなるが受賞には至らない。ならば、いっそ大好きな野球をテーマに書こうと、気楽な気持ちで書いたのが『8年』でした。小説すばる新人賞を受賞でき、作家としての道を開くことができた作品です。

■小説を通して描きたいことは?

多くのアスリートを取材して感じたことは、根源にある欲求は「相手を打ちのめしたい」こと。それはスポーツだけでなく、社会全般に共通することだと思います。そんな根源に潜む心、魂を描きたい。心は普遍で、何年たっても共感できるテーマです。

■新聞社に勤務しながら、小説はいつ書いているのですか?

勤務後や休日、限られた時間ですが毎日書きます。執筆はスポーツのトレーニングと同じで、1日欠かすと3日分戻ってしまう。今はともかく書きたいですね。癒し? 必要ないです。癒しに割く時間があれば、その分、少しでも多く書きたいですからね。友人からは「最近、付き合いが悪い」と言われてますが(笑)。

■国際政治経済学部を志望する後輩へメッセージを。

僕は本学部の一期生で、当時は大学側も学生側も自分たちで学部を作っていくという意気込みとエネルギーに溢れていました。それに立ち会えたのは貴重な体験でした。大学には、学生時代にしかない素晴らしい出会いがあります。それを積極的に求めてほしいですね。


(※2006年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:17


岩渕健輔さん(1998年卒業)

プロラグビー選手/イングランドの強豪「サラセンズ」所属

1998年国際政治経済学部卒業。初等部から大学まで青山学院で学ぶ。ケンブリッジ大学大学院卒。現在、イングランドプロリーグで日本人初の選手として活躍中。

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「一流の中で自分の力を試したい。国際大会を観戦した少年の頃から、世界を見つめていた。」

ラグビー世界最高峰のイングランドリーグへ一人乗り込んだ岩渕さん。世界各国の代表選手が集うチームは競争も熾烈だ。つねに高いハードルに挑戦し続ける彼に話を聞いた。

■小学生からラグビーを始めたんですね?

実は、初等部にはラグビー部しかなくて…、男子の半数はラグビー部に入ります(笑)。でも、すぐに夢中になった。たとえばサッカーは手を使えないけど、ラグビーは体全体でぶつかれる。そこが魅力でしたね。そして5年生のときに国際大会を観戦したことが、強烈に印象に残ってます。世界のプレーを目の当たりにして、子供心に「将来は海外でプレーしたい」と思ったんです。

■中等部、高等部、大学へ。ラグビーと勉強の両立は大変でしたか?

限られた時間でいかに強くなれるかを考えながら練習しました。また、勉強の時間が削られる分、授業中はしっかり勉強しました。メリハリをつけて集中したことで両立できたと思います。

■国際政治経済学部を志望した動機は?

将来、海外で活躍するために、世界を知りたいと思ったからです。結果、いい授業、いい教育を受けられた以上に、いい人に出会えました。特に「小宮先生※」のゼミでは、先生の「勉強するときは勉強、遊ぶときは遊ぶ」「人生その時その時を大切に」といったメッセージに影響を受けました。今も人生について考え悩むとき、先生の言葉に答えを見つけることがあります。
(※小宮隆太郎先生は経済学の重鎮で2002年に文化勲章を受賞されています。2004年3月に退職されるまで15年間本学部で教えられました。)

■ケンブリッジ大学への留学のきっかけは?

ラグビー選手の寿命は短い。いろいろな人生の選択肢を持つために、勉強を続けたいと思いました。専攻は政治哲学でしたが、最初は英語の教科書を開いても「ちんぷんかんぷん(笑)」で、不安でした。
ラグビーはグラウンドで、勉強は教室で、それぞれ結果を出さないといけない。まあ負けず嫌いで、結果を出すための努力は苦ではなかった。

■英国でプロの道を選んだのは?

限られたラグビー寿命なら、世界の最高峰で自分の力を試したかった。ただ、ケンブリッジ大学の仲間は、卒業後はラグビーをやめて就職するんです。「シティ(ロンドン金融街)への道が開けているのに、プロになるなんて…」と呆れられましたね(笑)。英国のプロリーグは、1試合出て駄目なら職を失う厳しさがある。だから1試合1試合のプレーが真剣勝負です。

■スランプで落ち込むときもある?

外国人枠で試合に出れなかったり、ケガでワールドカップに出場できなかったり…。もうラグビーはできないかもと思い悩む時期もありました。そんな時に支えてくれたのが、大学時代の友人や家族でした。彼らと話をしてアドバイスをもらううちに、「ケガはつきものだ。出場選手に選ばれるよう誰もが納得する力をつけよう」と、前向きに考えることができました。

■大学時代の友人の存在は貴重ですね。

いい友人や先生に会えるのは大学時代。特に本学部は視野の広い、いい人材が集まる場所です。後輩の皆さんも、刺激を与えてくれる友人をつくり、大学時代を大切にすごしてほしい。自分の将来を決めようと焦ったり、自分の限界を感じたりしないでほしいな。


(※2006年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:05


小山花子さん(1997年卒業)

国際政治学科 1997年卒業
一橋大学大学院博士課程/ニュースクール大学
大学院博士課程(米国)/日本学術振興会 特別研究員

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面倒みのいい先生と優秀な学生に囲まれた本学部は、知的好奇心を育てられる恵まれた環境。

国際政治経済学部は一流の先生とやる気ある優秀な学生で構成され、社会学科の先端を学ぶのにとてもよい場所だと思います。ゼミも英語が多く、海外の著名な研究者が訪れることも珍しくなく、世界の先端に触れながら自由に知的好奇心を育てることができます。先生方も面倒みがよく、時には学問の世界の厳しさを教えながら丁寧に指導してくれます。私は安全保障のゼミに所属しながら、専門分野の垣根を超えて哲学・思想・歴史等さまざまな分野の文献に親しむことができました。もちろんテキストは英語が中心でした。ゼミで学んだことは、外部の大学院でも大いに役立ちました。私は大学院に進みましたが、卒業後就職する皆さんにとっても刺激的で魅力的な学部であることは同じと思います。本学部で楽しい大学生活を送られることを心より祈っています。


(※2006年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 08:41


設楽敦史さん(2000年度卒業)

国際政治学科 2000年度卒業
本田技研工業株式会社
日本営業本部地域事業企画室 事業管理ブロック

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仕事では、行動力や人との信頼関係こそが大切。大学時代には、目的意識を持ったいい仲間と果敢に挑戦・行動をしてほしい。


現在の仕事は経営管理部門で、収益管理を担当しています。今月何の車種が何台売れ、いくら儲かったのか?を分析することで、次の経営の意思決定をサポートしています。一番苦労するのは、他部門との連携です。情報を引き出すには、顔を合わせて話を聞きに行く、その行動力が問われます。いかに理路整然とした分析をしても、商品開発への理解、そして他部門との信頼関係がないとうまく進みません。その分、苦労して作った事業計画を認められた時が一番やり甲斐を感じる時です。

私は学生時代によく海外へ放浪の旅をしました。その中で培われた世界観や人生観が、ホンダのフィロソフィー(経営理念)に強く共感した源です。

本学部には目的意識を持った学生が沢山います。入学されたら興味あることは何でもチャレンジ・行動してみてください。健闘を祈っています。


(※2006年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 08:30


熱海かおりさん(2001年度卒業)

国際政治学科 国際コミュニケーションコース 2001年度卒業
NHKエデュケーショナル 教養語学部 ディレクター(英語講座番組制作)

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充実した毎日は、唯一、時間が足りないことが悩み。時間がある大学時代にこそ何事にも挑戦することが大切。

NHK・教育テレビの英語講座番組を担当し、企画、取材、講師や出演者との打ち合わせ、台本の執筆、ロケ・スタジオ収録、編集…と実にさまざまな業務を行っています。1本の番組を制作することは多くの人との共同作業であり、「人間」を好きでないとやっていけない仕事だと思います。また、好奇心を忘れず、常に新しい発見を追い求める同僚や先輩たちに囲まれて、職場はいつも活気にあふれています。ひとつ悩みのタネは、「あれがしたい」「これもやってみたい」という好奇心を満たす時間が足りないことでしょうか。やはり、時間はたっぷりある大学生活は貴重です。何事も欲張ってチャレンジし、見て、聞いて、感じて、大いに悩み、考え、仲間や先生方とコミュニケーションを深めてください。学生時代に磨いた感性が、きっと将来につながるはずです。


(※2006年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 08:29


公文善之さん(1997年卒業)

国際経済学科 1997年卒業
ヤフー株式会社 Yahoo! Everywhere 開発担当


大企業に就職すれば、一生安泰の時代ではない。
学生時代に培った力を活かし、起業することもできるのです。

私の大学時代は、大きく成長できた4年間でした。大学後期に、ゼミ等で学んだインターネットに興味を持ち、夢中になりました。大学卒業後は、大学院に進学。大学院時代は、インターネット業界でフリーのエンジニアとして仕事をしました。その後インターネット上でのサービスをする会社の立ち上げに参加しました。実際は技術職でありながら、大学で学んだ経済・経営・ファイナンスの知識を活かし、別の視点からビジネスを考えることができました。大学で学んだことが起業するための力となったのです。

改めて今思うことは、「大企業に就職すれば、一生安泰」の時代ではなくなっているということです。学生時代に培った力を活かし、起業するというのも、ひとつの選択肢としてありえるのではないでしょうか。


(※2005年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 08:28


佐藤將之さん(1990年卒業)

国際政治学科 1990年卒業
ライディン大学Ph.D.
台湾大学哲学系助理教授

今の私があるのも学生時代の積極性。
各国で民主化を目撃し視野を広げ、語学力を磨けました。

漠然と東アジア政治に興味を持って国際政経学部に入学した私を待っていたのが、フィリピン、韓国、中国、台湾と押し寄せた「民主化」の波でした。大学時代の私は、この状況を現場で観察し当事国社会の内面から理解すべく、韓国、台湾等に頻繁に出かけ、必要な語学力を磨きました。特に87年の韓国民主化の一部始終を目撃できたことで、私の関心は政治現象の奥にある価値観や思想の問題に移って行きました。卒業後は東アジア政治理念のひとつの核心である儒教の政治思想の研究を志し、台湾と韓国で修士論文を仕上げ、オランダのライデン大学で博士号を取得し、古典読解の訓練を重ねて理論的視野を広げてきました。今は台湾大学哲学科の専任教員として、古典儒学や政治哲学を講じています。日本漢学の成果を世界のAsian Studies の流れに組み込むことが、私の使命だと思っています。


(※2005年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 08:27


坂部有佳子さん(2001年卒業)

国際政治学科 2001年度卒業
コーネル大学留学中

海外経験豊富な教授陣の講義が刺激に。習得した専門的な知識を就職に生かしたい。

コーネル大学では公共政策を専攻しています。ペルーの民主化過程を分析し、その不足部分を政策で補う方法を考えています。国際政治とは一見離れているように思えますが、青山学院で学んだことが土台となって今の研究内容に繋がっています。国際政経では政治学の各分野や経済学など社会科学の理論を習得し、また袴田先生のゼミナールに在籍し、哲学、文化の知が政治そのものを分析する上でいかに重要かを体験しました。卒論も民主化がテーマでしたが、海外経験豊富な教授陣の講義やお話を通して、さらにこの勉強を政策論で続けたいと思い、それなら公共政策学が最も盛んな米国だ、と留学を決意しました。今の私があるのも国際政経で学んだからこそです。将来はこれまでの勉強を生かして、国際機関やNGO で途上国における行政システム構築を支援する職務に就くことが夢です。


(※2004年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:34


木原愛さん(1997年卒業)

国際政治学科 1997年卒業
元・東ティモール国連暫定行政機構
人権部人権委員

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98年ボスニア総選挙でのPKO平和協力隊参加をはじめ、様々な海外でのボランティア活動、NGO活動を経験。99年には東ティモールでの独立か自治かを問う歴史的な選挙に国連から派遣され、その後も現地で人権問題の調査や援助に取り組んできました。

■国際社会での仕事を志したきっかけは?

高校生のころ、留学を経験してきた友人達が「アメリカ人だから○○○ね。アメリカ人は日本人にくらべて○○○。」とよく話しをするのを聞いて、世界には多くの国や民族がいるのに、国家といった枠組みだけでとらえるのはおかしいと思ったんです。その枠組みを越えたものがあるのではないか、そこで何か私が貢献できないのかと考えたんです。

■国際政経学部では、どんな学生時代を過ごしましたか?

国際性や英語教育に強いことで青学を選びましたが、やはり、実践的な英語、国際司法、開発の授業、国際法のゼミなどが面白く為になりました。当時のノートや教科書は今も見直して役立てています。また、サークルのアイセックで、各国の学生達とディスカッションしたり積極的に活動しました。研究に専念するよりも現場タイプなんですね。様々な機会で活動するうちに、人権問題について強く興味を持っていったんです。卒論も、ゼミの先生から人権に興味があるならと勧められた、東ティモールの人権侵害をテーマにしました。

■東ティモールへ派遣された経緯は?

青学を卒業後、英国のサセックス大学留学、ボスニア総選挙PKO平和協力隊などの活動を経験してきましたが、99年に東ティモールで国民投票を行うというニュースを聞き、「私も現地で手伝いたい、行くしかない」と決意し国連ボランティアに応募しました。履歴書を送り数週間連絡もなかったのですが、ある夜中に「明後日出発してください」との突然の電話。心の準備をする暇もないなか、翌日ビザを取り予防注射をして…飛行機に飛び乗った感じでした。いま思えば、この行動力が道を切り開く大きな助けになりました。

■東ティモールではどんな活動をされていたのですか?

99年は選挙委員として、村をまわって選挙の説明をしたり、有権者登録、投票の手伝いなどが主でした。なにしろ、方言を含めて何十もの言語があるから通訳さんも十分ではないし、人口の約60%が字が読めない、鉛筆を持ったことがない人も多い国です。字が読めなくても分かるように投票用紙にマークをつけたり、クギで穴を開けるようにしたり…日本では想像できない苦労が多かったです。でも、いまにも出産しそうな妊婦さんが投票に来たり、遠くから3日間歩いて来る人々を見て、どうしても国の将来を自分たちで決めたいのだという彼らの気持ちに打たれました。「私はこういう人を助けるために、やってきたのだ」と感慨を新たにしました。

■人権委員の活動で苦労されたことは?

選挙後は東ティモール国連暫定行政機構の人権部に勤務しましたが、車も水道、電気もない、国連の事務所でさえ机や椅子のない所。こんな状況で何ができるのだろうかと呆然とした時もありました。でも、苦渋の生活を強いられてきた人達がまず願ってきたのは、食料でも服でもなく人権侵害の調査だったんです。理不尽な迫害、殺人、暴行、難民の帰還問題など、一件一件、何時間もかけて歩いて行き話を聞く地道な調査を続けましたが、そこには国が抱える風習とか社会問題が絡み、教科書通りには解決できない問題が多いんです。人権問題の難しさを実感させられました。
また、国際援助の難しい点は、例えば服を援助すると、援助された人達は服は貰う物と考えてしまうことです。期待して仕事をしなくなるのです。援助は物や考えを押しつけるのではなく、自立を助けることだと思います。字が読めてはじめて国づくりと考え、学校づくりや辞書を買う寄附金を募ったり、未亡人達の自立のために刺繍を教える活動もしました。

■これから世界を目指す学生に対してのメッセージ

日本人は知識はあるのに意見を言わないから、とても損をしてます。もっと自分の意見を発言し理解してもらう訓練をしましょう。また、本や新聞に書いてあることも信じ込まずに、本当に正しいのかを考えることで、早く判断する力がつき説得力がつきます。もちろん国際社会では英語は必須。それに加えてフランス語やスペイン語ができたり、他人より強い分野や専門性があると力になります。あとは、意志を持って挑戦してチャンスをのがさないことです。多くの志ある人が育って、一緒に海外の現場で活動できることを願っています。


(※2004年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:29


平木理化さん(1994年卒業)

国際政治学科 1994年卒業
プロテニスプレーヤー(NTT所属)

当時のIT、パソコン通信のおかげで、海外遠征を続けながらも、就職活動もできました。
 
私の学生時代は、国際化や情報化のはしりで、携帯端末としては、大きなラップトップ型のパソコンしかなく、今日のようにインターネットがなかった時代でその前身でもあったパソコン通信が唯一の情報交換手段でした。テニス用具など大きな荷物とともに、必ずパソコンを携帯してパソコン通信をしながら、海外遠征をしたものです。

パソコン通信も日本語ではできませんでしたが、レポートの課題など、いろいろな情報を送受信できたおかげで、楽しい学生生活でした。こうしてできた内外の先輩・友人のおかげで、海外遠征を続けながらも、就職活動もできました。第1次、第2次と就職試験の日程調整に苦労しましたが、パソコン通信とよき先輩のおかげで克服できました。今後もITを活用して、社会人として必要な専門知識を習得するため生涯学習を続けたいと念願しています。


(※2004年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:16


西経子さん(1994年卒業)

国際政治学科 1994年卒業
コーネル大学MBA
農林水産省 農村振興局農村政策課 法令係長

興味のあることに打ち込み、どんどん求めてください。国際政経学部はまさにそれを実現する環境があります。

比較的官庁の中でも、扱う業務が多種多様という農水省を選び、これまでの人生で関わりの薄かったことに携わり、毎日学ぶことが多く充実しています。現在Ⅰ種試験による採用者は、男女関係なく、若い頃から政策の企画・立案を任され、幅広く施策について精通し、ジェネラリストとして仕事をすることが期待されています。そういう意味では、幅広く学べた国際政経学部での日々が、知らず知らずのうちに助けになっていると思います。

聖書に「求めよ。さらば与えられん。」という言葉がありますが、国際政経学部はまさにそれを実現していると思います。良き先生・先輩・友人との出会いとともに、学問、グループ活動等やりたいと思ったことは何でもできる環境があります。皆さんにも是非、4年間の学生生活で興味のあることに打ち込んでください。そして、進路決定に当たっても、自分のしたいこと、信じるものにチャレンジしていただきたいと思います。 
 

(※2004年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:12


加治佐敬さん(1991年卒業)

国際経済学科 1991年卒業
ミシガン州立大学ph.D.
国際開発高等教育機構/政策研究大学院大学
共同プログラム助教授

自分の得意な専門分野を持つことは、競争社会で負けない切り札を持つということです。

大学教育の大きな特徴はその専門性で、自分の興味のある分野について深く学べる場です。この機会を最大限に利用して、まず自分の興味が何かをいろいろな体験から見つけ、、自分の得意分野を作ることが重要です。私の場合は、東南アジア旅行をきっかけに、経済開発の諸問題について専門的に学びたいと思うようになりました。

3年次には迷わず国際開発論のゼミを履修し、そこで研究のおもしろさにとりつかれ、大学院進学、留学を経て、現在にまで至っているわけです。皆が皆、研究者になるわけではありませんが、自分の得意な専門分野を持つことは、競争社会の中で負けない「切り札」を身につけるということです。新入生の皆さんも、国際政経の多彩な専門課目とゼミを活用し、学生時代に自分の「切り札」を身につけていかれてはどうでしょうか。


(※2004年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:05


中田昌宏さん(1987年卒業)

国際政治学科 1988年卒業
外務省北米局日米安全保障条約課
外務事務官 相互防衛援助協定班長

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外務省に勤務し、日米防衛新ガイドラインや国際間の法的な協定、協力関係を通じて、世界的な平和秩序を維持するための黒子役として働いています。

■現在の仕事内容は?

現在の仕事は、日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)に関する仕事、日米相互防衛援助協定の下で行われる日米の装備技術協力(BMD(弾道ミサイル防衛)日米共同技術研究、支援戦闘機F-2(FS-X)共同開発等)に関する日米間の取極の作成及び運用に関する仕事等です。現在の部局に赴任する以前には、在チュニジア日本大使館では経済協力の担当として日本の技術協力や円借款のプロジェクトを担当。その後、パリの国連教育科学文化機関(ユネスコ)日本政府常駐代表部においては、ユネスコが日本からの信託資金により進めているカンボジアのアンコール遺跡等の世界文化遺産保護プロジェクト等にたずさわっていました。また、外務省本省の条約局国際協定課においては、海洋法・海事国際法に関する多数国間条約等を担当していました。

■現在の仕事を選ぶきっかけは?

そもそも、私が外務省を志望することになったのは、学生時代のクラスメートに誘われて大学で先輩方が開催していた勉強会を覗いたことがきっかけでした。したがって、国際政治経済学部に入らなければ、今の私はなかったともいえます。その上で、外務省の仕事は、いわば国際法の最前線であり、国際法の知識がなければ務まりません。特に、以前にいた条約局では、国連海洋法条約を日本が批准するための作業として、海洋法条約の日本政府解釈の確定、それに基づく国内法整備の調整等を行いましたが、大学で学んだ国際法の基礎的な知識は、他の官庁等と議論する際にも大きなアドバンデージになりました。

■もし国際政治経済学部でもう一度勉強しなおすとしたら、何を重点的に学びたいですか?

国際法をもう一度きちんと目的意識をもって勉強したいということ、(外交官としては恥ずかしいことですが)未だに苦手意識がある語学(英語及びフランス語)をやり直したいということです。

■青学を選んだ動機は?

高校生の時は、漠然と「国際的な仕事がしたい」というイメージを描いており、国際政治が専攻できる大学ということ、また、特にマスプロ教育ではなく、少人数のゼミがあるという点、学問的観点だけでなく事務への応用にも重点を置いた教育が強調されていた点に興味を引かれ、青山学院大学を選びました。

■現在の仕事で特に力を注いでいる点は?

外務省の仕事は日本の国益の追及ですが、日本だけの利益でなく、アジア太平洋地域、世界全体の利益になるような政策をとることが、結局は日本自身の利益になるのだということを常に念頭におき、グローバルな視点に立って仕事をするように心がけています。

■将来の夢は?または将来に向けて役立てたいことは?

多数国間外交及び国際法の専門家として、よりよい国際社会の実現に向けて努力したいと思います。

■仕事の上で、印象深い出来事は?

失敗談で言えば、例えば、ユネスコの国際会議で、日本政府を代表として発言する際、緊張のあまりしどろもどろになってしまったことがあります。このため、同時通訳で英語からフランス語、アラビア語と翻訳されていく間にまったく意味をなさないものになってしまったようで、汗を拭き拭き発言を終わった直後に、いきなりアラビア語を母国語とする国の議長から「あなたの発言は意味がよく分からなかったからもう一度発言して下さい」といわれて大恥をかきました。
成功例ということで言うと、必ずしも自分だけのことではありませんが、条約局での国連海洋法条約の批准、現在の日米安全保障条約でのいわゆるガイドライン関連法の成立は、同僚と力をあわせて大きな結果を出した仕事として印象深く、そこに参加できたことを誇りに思っています。

■仕事における一番の財産は?

同僚だけでなく、上司や、他の官庁の人たちとの関係、時には利害が対立することもある外国の外交官との関係も含めて、様々な人たちと知り合うことができたということです。

■後輩や国際政治を志す人に対するメッセージをどうぞ。

よく、大学で学んだことが実社会で役立たないというようなことがありますが、自分の経験からは、大学におけるすべてのことが今の自分の仕事の基礎になっていると感じています。特に、時間をかけてじっくり勉強が出来るのは大学時代のみですので、悔いのない学生生活を送ってください。


(※2004年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 09:51


本清耕造さん(1986年卒業)

国際政治学科 1986年卒業
外務公務員 在スペイン大使館一等書記官

国際問題に積極的に関与したい希望。その積極性こそ、毎日実践できる自分があるのだと思います。
 
当時、途上国問題やアフガン紛争といった社会問題が起こっている中、これらを深く知ることなく一生を終えてしまうのではないかとの危惧を持ち、逆に積極的に関与したいと思ったのが、この学部を選んだきっかけです。

現在の職業に就いたのは、外交官出身の教授の講義を1年次に取ったということでした。その講義では、教授が学問的な理論と外交問題の対処というものを並行して教示してくれました。外交官という職業は、当時何らかの形で国際問題に関与したいと考えていた自分にとって、非常に魅力のあるものでした。現在、外交を単なる批評する立場ではなく、毎日の仕事を通じて実践することができ、充実した毎日を送っています。ぜひとも今後国際関係を学ぶ多くの学生には、外交問題というものに関心を持って、外務省を職場として選択して欲しいと考えています。


(※2002年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:17


渥美さくらさん(1994年卒業)

国際経済学科 1994年卒業
国連難民高等弁務官事務所「フィールド・オフィサー」
ユーゴスラビア連邦・モンテネグロ共和国、
ベラネ・アンテナオフィス駐在

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ユーゴスラビア連邦内の難民、コソボからの国内避難民への援助活動。すべてを失った難民・国内避難民がなるべく普通の生活ができるように集団住宅を提供したり、食料や生活必需品の配布等を様々な関連機関を通じて行っています。

■国際政経を志したきっかけは?

中学の時から将来国連で働きたいと思っていました。大学の学部を選択する際なるべくいろいろな分野の勉強ができるところが良いと思いました。青学の国際政経学部は3つの専攻に分かれていますが学部内でどの学科の授業も受講できます。国際経済と国際政治両方に興味を持っていた私には、最適でした。

■国際政経学部を出てよかったと思うことは?

イギリスの大学院を受験する際、先生方がとても親身になってサポートしてくださいました。私が勉強したい分野に関して、どの大学院がしっかりとしたリサーチ活動をしているのか、またどの大学院にその分野のリーダー的教授がいるかなど、的確なアドバイスを受けられました。また大学時代に同じような志を持っていた友達に沢山出会いました。友人達とは今でもE-mailで連絡を取り合ってお互いに励ましあっています。また仕事を通じて青学出身の先輩方に出会うことができました。

■青学で学んだことが実社会でどのように生かされているのでしょうか?

現在行っている活動はフィールド・オフィサーといって現場のすべての状況にかかわります。その為、難民・避難民の「保護」という法的な仕事も行わなければいけません。大学時代に専攻した国際法や国際法ゼミで学んだ難民法の知識が非常に役に立っています。例えば、1998年の9月にモンテネグロ政府が山を越えてくる避難民をモンテネグロ内に受け入れること拒否されたことがあったのですが、地元の警察に難民・避難民保護の重要性を説明し、受け入れを促しました。国際法上、地元警察はどのような義務があるのかを説明し、子供や老人等集団の中の弱い人達だけでもモンテネグロに受け入れしてもらえるように交渉しました。
また、国際経済の講義で学んだ開発援助または(国際)経済学の知識は、緊急援助から開発援助活動への転換のための状況把握にとても役立っています。

■将来の夢は?

大学時代にゼミで専攻した国連の平和維持活動と現在私達が行っている国際人道援助が互いに協力し合う新しい援助活動に貢献すること。国連の平和維持軍といっても実態は「各国の軍隊」です。状況判断の際には、当然、軍としての優先順位のつけ方も、人道援助活動と違いが出ます。一方で、平和維持活動のフレームワーク内での「軍」と人道援助の協力を必要とするケースが世界各地で増加しています。まったく考え方の違う、この二つの組織の橋渡しをすることが私の夢です。いずれは、国連本部の平和維持活動課でこの分野の政策決定に参加したいと思っています。

■現在の仕事で力を注いでいることは?

難民や避難民が援助のみに頼るのではなく、自分達の生活を取り戻せるようにサポートすること。例えば、現在様々なNGOに手伝ってもらって避難民・難民になってしまった職人への工具の提供、小規模なビジネス再開、農家への種や農具の援助等、なるべく紛争前の生活に戻れるように力を尽くしています。

■これから世界を目指す学生に対してのメッセージ

大学時代はなるべく様々な分野に興味を持ち、学ぶことを勧めます。政治、経済、経営の3分野は、違う分野のようでお互いに非常にかかわりを持っています。国連のような国際公務員を志望する場合、専門性を要求されますが、逆に専門分野だけでは生き延びられません。専門分野を持ちながらも、どの分野でも働ける柔軟性が要求されます。大学時代はなるべくいろいろな分野に触れ、その中で特に興味のある分野を大学院で専門とするのが良いと思います。
また、語学力も非常に重要です。国際社会では英語はできて当然、それ以外にどのような言語が使えるかが勝負になるのが辛いところです。(現在私はフランス語の勉強中です。)でもとりあえず英語だけでもマスターしてください。例えどのように沢山経験を積んでも、またどのように様々なアイデアがあっても、それをはっきりと表現して、他の人を説得できなければ仕事になりません。「コミュニケーション・スタイル」を学ぶことも重要です。


(※2002年度パンフレットより)


Category: 卒業生
Posted by sipec at 10:01




下山恵介さん(2006年卒業)

栗原志保さん(1998年卒業)

田中慎吾さん(2006卒業)

謝沛融さん(2008修士課程修了)

笠原麻未さん(2007修士課程入学)

渥美さくらさん(1994年卒業)

坂部健太郎さん(2004年卒業)

加藤孝光さん(2000年卒業)、越智洋平さん(2001年卒業)

本清耕造さん(1986年卒業)

寺田真実さん(1997年卒業)


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