堂場瞬一さん(1986年卒業)
作家/新聞社勤務
1986年国際政治経済学部卒業。読売新聞社入社後、数多くの取材現場を経験。そのかたわら小説を執筆し、第13回小説すばる新人賞受賞作『8年(集英社)』、『雪虫(中公文庫)』ほか著書多数。

「青学での出会いがきっかけとなり、新聞記者、そして作家へ。夢をつかんだ今、より貪欲に、人の心を描きたい。」
2000年、大リーグに挑戦する日本人投手を描いた『8年』で作家デビューを果たした堂場さん。緻密な取材をもとに、アスリートの挑戦や葛藤、人間の内面に潜む心を描く小説を送り出している。
■作家を志したのはいつ頃から?
子供の頃から、なんとなく物書きになりたいと思っていました。でも、作家になる方法なんて知らない。大学進学のときも、まだ漠然とした夢でした。国際政治経済学部を選んだのも、「新しい学部※だから面白いのでは」という軽い気持ちでしたね。作家への思いを強くしたのは、青学で過ごした学生時代です。
(※本学部は1982年に開設しました。)
■大学で、きっかけとなる出来事はありましたか?
ひとつは、英語翻訳の授業で読んだトルーマン・カポーティの小説との出会い。特にノンフィクションの傑作『冷血』にはたいへん影響を受けましたね。作家として目指す方向が見えてきた、ターニングポイントになった授業でした。そして、「将来は物書きになりたい」と相談したのが、ゼミの(故)堂場先生※でした。先生の「それなら新聞社に入りなさい。その後、何を目指すにしても為になるから」というアドバイスが、その後の進路を決定づけてくれたのです。作家としての僕がいるのも先生のおかげ。実は僕の名前(ペンネーム)は先生からいただいているんです。
(※堂場肇先生は読売新聞の論説委員等を歴任された方で本学部の教授として教鞭をとられていました。)
■そして新聞社入社。小説を書き始めたいきさつは?
入社後は、働きづくめで自分の生活はまったくない何年間でした。「取材で体はフラフラでも、意識があれば記事は書けるだろ」という職場で、たっぷり鍛えられました。小説を書き始めたのは、10年前、インターネット関係の部署に移動し、時間の余裕ができた頃からです。でも、得意としたミステリーを書いて各賞に応募しても、候補の常連にはなるが受賞には至らない。ならば、いっそ大好きな野球をテーマに書こうと、気楽な気持ちで書いたのが『8年』でした。小説すばる新人賞を受賞でき、作家としての道を開くことができた作品です。
■小説を通して描きたいことは?
多くのアスリートを取材して感じたことは、根源にある欲求は「相手を打ちのめしたい」こと。それはスポーツだけでなく、社会全般に共通することだと思います。そんな根源に潜む心、魂を描きたい。心は普遍で、何年たっても共感できるテーマです。
■新聞社に勤務しながら、小説はいつ書いているのですか?
勤務後や休日、限られた時間ですが毎日書きます。執筆はスポーツのトレーニングと同じで、1日欠かすと3日分戻ってしまう。今はともかく書きたいですね。癒し? 必要ないです。癒しに割く時間があれば、その分、少しでも多く書きたいですからね。友人からは「最近、付き合いが悪い」と言われてますが(笑)。
■国際政治経済学部を志望する後輩へメッセージを。
僕は本学部の一期生で、当時は大学側も学生側も自分たちで学部を作っていくという意気込みとエネルギーに溢れていました。それに立ち会えたのは貴重な体験でした。大学には、学生時代にしかない素晴らしい出会いがあります。それを積極的に求めてほしいですね。
(※2006年度パンフレットより)
Category: 卒業生 Posted by at 2006年3月 9日 10:17
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