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『望郷と海』(石原吉郎著)

今回は、伝えたい事はガチっとまとまった状態で発表に挑んだつもりだったのですが、自分でも驚くほどみなさんにうまくお伝えすることが出来ませんでした。

言葉を練り上げる努力を、時間の無さを理由に怠った自分の責任です。一時間近くも話す時間をいただいておいて、もったいないことをしてしまいました。自分にとっても、ほかのゼミ生にとっても。

この場を借りてずるくも補充させていただくと、いろんなものが強引に削ぎ落とされた状態の人というのが、どういう生き物か。そして、そこが生き物としての出発点だとして、今の自分達がどういう生活をしているのか。日本人として、どういう文化を築いているのか。その作為に気づき、ともすれば「目を背けたく」なってしまうことを、真正面から見つめようとすることの重要性とは。そこを受け止める強さとはどのようなものであるか。乗り越えた先で、どうするか。そういったことがらを主張し、問いかけてみたかったのです。

私が『望郷と海』を「暗い」「重い」と言うべきではないと述べたのも、これは全て自分という個人自体が生来有する問題だと考えたからです。ある意味「当然」のことだと思ったからです。

あと、「集団に期待していない」などと私が言ったことについて「?」を浮かべていた人が結構いた(むしろ全員?)ようですが、『望郷と海』に出てくる「集団」や「規律」や「棒を飲んだ話」への私の考察は、4年生の議題にものぼった「国家はフィクション」という問題へも通じることではないか、と思っています。

人間は空想をつくりあげて生きてゆく。誰もが、それぞれ絶対的なフィクションを抱えている。
それでいいんじゃないか、と思ったり。完全なノンフィクションだけでできあがっている人は、全てに騙されていない人は、もう人じゃないかもしれない。という、私の考え。


春合宿から私の発表にある共通項は、「よくわからない」「難しい」らしいです。
夏合宿こそはなんとか…なんとか伝わってほしいです。全部は無理だと思う、けれど、何か一つでも。そして、一つでも多く。

そう思えなくては、言葉を発する意味が無い。


選挙どうしましょうな三年生

投稿者 学生
2010年7月11日01:58 [発表者 コメント] | コメント (0) | トラックバック (0)

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