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« 09 春合宿&追いコン | メイン | 2009年度ゼミ始動!!と学習内容のフォロー »


「美」とか「あれ」とか

言葉の定義とは難しいものであり、同時に無意味なものでもあります。
例えば「炭酸」と聞いて思いつくもの、「ビール」「コーラ」「チョーク」「トニック」「ジンジャーエール」。
思いつく可能性のあるものはさまざまです。
言葉とはなんと不確定なものでしょうか。
ですが人間である以上、言葉を使わずして何かを伝えることはできません。
できると言えばできますが、便宜上、確実な定義を定めることができない「言葉」を使うのが一番効率がいいのです。


芸術関係の文献を読むと「美」だとか「美しい」だとか出てきます。
普通、「美しい」と言えば「空が美しい」「形が美しい」「色が美しい」と視覚的な美しさを指します。
しかし、この芸術関係の文献においての「美しい」にはまた違う意味を示す場合があるのです。

その「美」とは何かと言えば「「あれ」が発する薫り」、という曖昧な定義。
こればかりは本を読んで当人が感じなくてはどうしようもない。
言葉で説明しようとすると野暮と認定されます。

そのような野暮に認定された発表でした。

ですが、わたしがこの発表を通じて最もしたかったことは「資料をあげる」ことでした。

頭の悪いわたしはゼミに暫く在籍していたにもかかわらず、ゼミの内容を理解できずにいました。
今となってはわかりますが。(厳密に言えば「解るべきことが判る」。)
当時を振り返り思うのは、「何を判ればゼミの内容が解ることになるか」を知りたかったということ。
無目的に右往左往することほど不安なことはありません。
そしてゼミを始めた後輩たちにとっても不安であろう、そう決めつけました。

不安な中で、手渡した資料が一種の指標のような役目を果たしてくれるのではないか、
そう考えました。
手渡した資料を、いつ使われるかわからない指標として手元に置いていただきたかったのです。
たとえ現時点で内容を理解できなくても、1年後、2年後、このゼミをこなしてある程度時間が経ったとき、またこの資料を見て、その時に資料に載せた言葉がすんなりと実感と共に心に届くようになっていたならば、先輩としてそれほど嬉しいことはありません。


最終的には個々人の実感や判断に委ねざるをえないこの感覚に対し、
わたしができることはこれだけです。


『いま彼らが両足を踏ん張っているその地から、天高く跳びあがらせ、より広い世界があることを見てもらいたい。そして無数にある世界の存在を認めた上で、その中から彼らが生きたいと望む世界を選択してもらいたい。』

それがわたしの願いです。


ぞしま

投稿者 学生
2009年05月01日01:50 [発表者 コメント] | コメント (0) | トラックバック (0)

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