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    <title>Par Avion blog</title>
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    <title>在外研究中の「予期せぬ」思い出</title>
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    <published>2011-11-19T13:40:00Z</published>
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    <summary>  ポダルコ・ピョートル（教員） モスクワ大学 在外研究滞在（2010年9月～2...</summary>
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        <![CDATA[<p> <br />
ポダルコ・ピョートル（教員）<br />
モスクワ大学<br />
在外研究滞在（2010年9月～2011年9月）</p>

<p>　<br />
　2010年秋より、私は在外研究の機会をいただき、一年間、ロシア連邦の首都モスクワに滞在した。1992年に大阪大学大学院の博士前期課程に入学して以来日本に暮らし続けた私にとっては、今回の在外研究は「里帰り」というよりも、自分が幼い頃から知っていた国家（つまりソ連）が1991年12月に崩壊していたため、ある意味で「半・外国滞在」といったようなものだった。<br />
　在外研究中の一年間は、モスクワ以外にもロシア全国のあちらこちらに旅をして回った。まず、帝政時代の旧首都ペテルブルグや古都のウラジーミル、ユネスコの世界遺産にも登録されているプスコフおよびスーズダリ、さらに自分の生まれ育ったシベリアの中心にあるノボシビルスクなどに行った。ノボシビルスク大学の学生時代と同じように、日常を生きるうちに、予測もしない時と場所において人から人へとネットワークがつながっていくことになり、今回の在外研究期間には予定通りに調査を行うというよりも、あたかも誰かが勝手に私をどこかへ導いているかのような予期せぬ様々な経験をした。<br />
　ロシアで私が居を定めたのは、様々な写真やポスター、パンフレット、ハガキなどで世界中に知られているモスクワ大学のメイン・ビルディング内の寮だった。その選択にはいくつかの理由がある。まず一つ目は、モスクワ川岸の高台の「スズメが丘」に立つこのビルは、1950年代から最も有名なモスクワ市内の名所になり、館内には様々な設備や施設が設けられているため、とても住み心地の良いところであったからである。私は2009年夏の短期留学・ロシア語研修に参加する学生の引率としてこの寮に宿泊したことがあったが、この寮は学生たちの間でもたいへん評判がよかった。第二の理由は、数年前から青山学院大学との協定校でもあるこのモスクワ大の職員の大部分がとても優しく、世話好きな人が多かったため、この一年間日常生活の面で私は一度も不便さを感じなかった。<br />
　私はこれまで来日ロシア人（それはここで特にロシア革命後に来日した「白系ロシア人」を指す）の研究を行なってきたが、今回の在外調査では、これに「移民の問題」をテーマとして加えた。今日の世界のいたるところでも話題となる様々な移民対策や民族間の文化的な摩擦などを調べるには、多くの資料調査及び聞き取り調査、特に各現場でのフィールドワーク調査が必要である。そのためにモスクワからしばしばロシア国内および国外の出張に行かなければいけなかった。たとえば、2011年2月初めにアメリカの東・西両海岸において調査を行うために、ウクライナのキエフ首都経由ニューヨーク行き便で大西洋を渡った。一か月後の3月5日にモスクワへ帰国したが、8時間の時差のため数日間時差ボケに苦しんだ。そして、次第に時差ボケも回復しつつあった11日の朝9時半頃（モスクワ時間）に東日本大震災の知らせを受けた。<br />
　東日本大震災が発生したとき、私の家族は東京にいた。したがって、地震に関する最初の情報は、テレビのニュース番組あるいは現地の新聞の朝刊ではなく、妻からの電話で知ることとなった。彼女はまず「仙台・東海岸に大地震があったが、私たちはみんな無事だよ」と教えてくれた。それ以降、私の生活は毎日、テレビ、インターネット、電話の間を行ったり来たりすることになり、震災直後の数週間はロシアを含む世界各国のメディアが流す津波の映像や福島第一原発の爆発の映像などを眺めていた。日本のニュースは当然、至る所にトップニュースとして流れ続けたが、それらの内容を見ていると、津波と爆発以外の映像がほとんどなく、すべてのルポルタージュも同じものばかりであり、それはとても偏ったものであった。毎日妻と電話を通じて話したが、彼女が語ってくれたことと、国際メディアが報道していたことを比較するたびに、それらの間に大きな溝があることを感じた。<br />
　震災から数週間を経た3月末に私は、予てから予定していたようにイスラエルへ向かった。もともとユダヤ人によって建国されたイスラエルだが、最近はアフリカ各地における武力紛争や困難な生活から逃れようとする難民移住者が大勢増えてきたという。そのことに興味を持った私は、移民問題を新しい側面から調査しようと、現地での資料収集を目指してイスラエルへ旅だったわけである。現在のイスラエルには、昔からパレスチナ地域に定住していたアラブ人とユダヤ人に加えて、独立国家の宣言後に世界各地から移民してきた人々が多く住んでいる。彼らの中には、旧ソ連邦出身のユダヤ系の人々が多く、母語であるロシア語を話す人々が現在全人口の5分の1か4分の1を占め、その過半数は元ソ連大統領のミハイル・ゴルバチョフが始めたペレストロイカ以降にイスラエルに来たという。イスラエルには彼らを対象とするテレビチャンネル（国営と私営）、新聞、雑誌などがあり、そのすべては情報をロシア語で送っている。情報が人から人に伝わるのは早く、私が日本の大学で教員をしていることも、すぐに知れ渡った。そして、ある日イスラエルのテレビ局の一つである「第9チャンネル」から招かれ、ゲストスピーカーとしてニュース番組で日本事情をめぐる質問に答える役割を担うこととなった。<br />
　私は今年の春にイスラエルで3回、そして4月にロシアへ戻ってから2回、合計5回のテレビ番組に出演したが、そのすべてのテーマは日本と大震災、災害時における日本人の態度や行為などだった。つまり、私は「在外研究を行う大学教員または研究者」ではなく、「日本で家族をもつ一人」として受け入れられた。もちろん、私は地震・津波などに関しては全く素人であり、特に自分がその時に日本にもおらず、すべての話は妻から得た情報をもとにしたものであったが、継続的に流される偏ったメディアニュースの歪みを修正しようと試みていた。その際私は、現在がまさに「情報化時代」であり、「グローバルメディアの支配時代」であることを改めて実感した。「ニュースメーカーを握る手は、世界政府を握る」というのは、今日の事実だ。このメディアの力を逆手にとって、日本の皆さんには、震災後に浮上した数々の問題を今後力を合わせて克服していただき、「災難に直面して、我々は何をどう為すべきか」について、行為の見本と教訓とともに是非とも世界に対して発信していただきたく思う。</p>]]>
        
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    <title>おもてなしの心</title>
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    <published>2011-02-07T08:14:33Z</published>
    <updated>2011-02-09T00:36:41Z</updated>

    <summary>~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 長島奈津希(国際...</summary>
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        <![CDATA[<p>~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~<br />
<big><strong>長島奈津希(国際経済学科2年)<br />
Northern Arizona University<br />
交換留学中</strong></big><br />
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~<br />
　私が留学する<a href="http://home.nau.edu/">Northern Arizona University（NAU）</a>のあるアリゾナ州フラッグスタッフという町は人口およそ6万人という小さな町です。学校からは幾つもの山々が見え、夜になると東京では見られない素晴らしい星空が見えます。そしてこの町を支えているのが私の通う大学、NAUと観光業です。<br />
　NAUは留学生も含め2万5千人もの学生が在学中で、主に教育学科と<strong>ホスピタリティー学科</strong>が有名です。教育学科は元々この学校が教師になる人たちのための学校であったということもあり、とても有名です。また、私がこの学校に行きたいと思ったきっかけにもなった"ホスピタリティー学"というのは、直訳するのが中々難しいのですが、「おもてなし」の表現の仕方を学ぶ学業であり、この町の観光業にとても深く関係しています。<br />
<img alt="GrandCanyon.jpg" src="http://blog.sipec-square.net/par-avion/IMG/GrandCanyon.jpg" width="360" height="270" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" />　フラッグスタッフは、世界自然遺産でもあるグランドキャニオン国立公園（写真）から車で1時間半ほどのところにあり、他の州から自家用車を使って来る大勢の観光客がこの町を通って行きます。このような背景もあり、フラッグスタッフには数十件ものモーテルやホテルがあります。そしてそのほとんどのホテルの従業員はNAUのホスピタリティー学科の卒業生なのです。およそ100年前にグランドキャニオンが国立公園に指定されてから、その玄関口として他州・他国から大勢の観光客を迎えていたということもあり、現地の人の外国人への気遣いやおもてなしの仕方は本当に素晴らしいです。<br />
　例えば、道を歩いていて、目が合うだけで笑いかけてくれたり、話しかけてくれたりします。すれ違った人が、急に着ている服や身につけているアクセサリーなどを必ず褒めてくれます。また、日本人の友人と会話していると、「どこの国の言葉を話しているの？とても興味があるわ！」などと話しかけられたこともあります。<br />
　そして、ここの人々は人と接する時間をとても大切にします。例えば、地元のスーパーやコーヒーショップに行くと、レジに行列ができていたとしても店員さんは必ずお客さんと何気ないおしゃべりをします。そこで「私の名前も漢字で書くこともできるのかしら？」と聞かれたこともあります。しかし、後ろで並んで待っている人たちはその行為に対して決して苛立ったりしません。誰一人急いでいないのです。それよりもその場で出会ったひととの時間を楽しんでいるのです。私は初めてその光景を目にしたとき、列ができているのにお話している従業員に対して少し苛立っていた自分が恥ずかしくなりました。<br />
　東京だけでなく、大きな都市では時間があっという間に過ぎ、殺伐とした空気があると思います。大都会で過ごしていると、そうなってしまうのも仕方のないことかもしれません。SNSの普及により、facebookやtwitterなどで直接顔を合わせないで会話をすることだってできます。しかし私はフラッグスタッフで、その場で出会ったひととその場で会話し、笑顔を交わすということがどれだけ大切で素晴らしいものであるかを学びました。<br />
　そして私は今、日本にも外国人に対してのおもてなしの心が必要だと切実に感じています。日本は島国ということもあり、他の大陸国に比べると外国人に対しての対応が疎かな気がします。日本は今まで観光業に力を入れてこなかったのですが、2008年にようやく観光庁が発足しました。なんと2008年に日本を訪れた外国人旅行者は約835万人で世界第28位、アジアで第6位と低い水準でした。今後は観光客を増やすため、特に玄関口である首都圏に暮す私たちが意識を変えなければいけないと思います。<br />
　私はフラッグスタッフの人たちを見習って、外国の人を見かけたら話しかけ、困っていたら手助けをしたいと思います。日本に来てくれてありがとうとまで言ったら大げさかもしれませんが、それくらいの気持ちを持って接して、「良い国だったな、また来たいな」と観光客の人たちが思ってくれるような国になれたらいいなと思います。それはまさに私がこの小さな町の人々から学び、感じた掛け替えのない教訓であるからです。</p>]]>
        
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    <title>地球の裏側から、ビジネスを通してブラジルを学ぶ</title>
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    <published>2010-05-27T15:13:08Z</published>
    <updated>2011-02-07T08:23:53Z</updated>

    <summary>K.S(国際政治学科3年) サンパウロ州(ブラジル) 日系企業にて研修中 　初め...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">K.S(国際政治学科3年)
サンパウロ州(ブラジル)
日系企業にて研修中</font></p>

<p>　初めて投稿させて頂きます。2010/05/11から約11ヵ月間ブラジルの日系企業でインターンシップをしております。こちらに来てようやく半月が経過しようとしております。自分は、<a href="http://www.aiesec.org/ ">AIESEC</a>という学生団体を通じて今回ブラジルへ海外研修の為に来ました。日本とは正反対に位置するここブラジルでは、日本の感覚とかけ離れている点や意外に親近感の湧く点を発見したりと、日々充実した時間を過ごしております。
　まず『ブラジル』という国を耳にした時、何をイメージされるでしょうか。自分はサッカー・カーニバル・アマゾン・ラテンのリズムといった感じで、他の南米諸国と比べブラジルという国に親近感は感じつつもその実何も知りませんでした。BRICsにも数えられる有望視される国でありながら、日本の日常ではBrazilの事を知る機会は非常に少なかったことに、自分は逆に興味を感じました。ブラジルに興味を持ってから、少し調べるだけでも非常に色々な情報を得ることが出来ます。日本との歴史も深く、一昨年には日伯の交流100周年を迎えました。
　ブラジルには実に様々な人種が集まっており、街中の交差点で人々とすれ違うだけでもその多様性に驚きます。確かに貧富の差は確実に存在しておりますが、人種差別はこの国にはないと言われております。こちらの人々はとにかく陽気で温かく、知らない人とでもすれ違えば挨拶をし、平日であろうが夜のバーは込み合います。今年はワールドカップの年ということもあり、ブラジル戦の日にはこちらの会社はお休みになるという驚くべき文化まであります(法律ではありません)。また、今年は大統領選挙のある年でもあります。現在のルーラ大統領は元々庶民の出で、若いころは工場で働くなど多くの苦労を重ねられた方だと言います。この国の今後が決まる大事な時期にこの国に来られたことは自身にとって非常に貴重な経験となることでしょう。
　今後とも何かの折にはこちらのWebsiteにも投稿させて頂けたら有難いです。当面の目標はお気に入りのクラブチームを早く決定することでしょうか。オフィスのメンバーからの強烈な勧誘に面食らいながらもブラジルでの生活に期待を寄せ、日々過ごして参りたいと思います。</p>
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    <title>大学生にも熱気、米大統領選</title>
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    <published>2008-05-25T01:55:36Z</published>
    <updated>2008-06-30T02:01:31Z</updated>

    <summary> R.A(国際政治学科4年) University of Montana 交換留...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1"> R.A(国際政治学科4年)<br />
University of Montana<br />
交換留学中</font></p>

<p>　2007年８月から交換留学生としてアメリカ・モンタナ州のUniversity of Montanaに派遣されて、早いものでもう８か月が経とうとしています。ここでの８か月を振り返ってみるとそれまで海外に在住したことのなかった私にとって、到着した当日から毎日新しい事との出会いの連続で、毎日毎日を乗り切ることで必死になっていたらあっという間にこんなに月日がたってしまいました。あまりにいろいろなことがあり過ぎて、何から書き始めていいのやらという感じなのですが、ここはたまには（？）政治学科らしく、さらに日本でも話題性の高い大統領選挙について書きたいと思います。</p>

<p>　日本でも報道されているとおり、現在アメリカでは予備選挙の真っただ中にあり、民主党からのヒラリークリントン氏とバラクオバマ氏が有力といわれています。ヒラリー氏が大統領になれば初の女性大統領、オバマ氏ならば初の黒人大統領ということで世界各国を巻き込んでその行方が注目されています。そんな中で、先日、私が通う大学にオバマ氏が選挙活動の一環として講演会をしに来たのですが、その時最初に私が思ったことといえば｢なんでこんなにみんな政治家が好きなの？｣ということ。チケットは即品切れ（チケットを手に入れた私は運がいいと散々いわれました）で、朝の５時から会場前には長蛇の列。私の友達なんて夜中の１２時から待っていたほど。日本で大学生が選挙の講演会のために寒空の中徹夜で待っている姿なんてちょっと想像できませんよね？さらに会場に入ってからもオバマ氏の登場を今か今かと待ち構え、客席ではウェーブをつくり、おそろいのTシャツを着てフリップを掲げ、カメラを用意し…もうまさにアイドルのコンサート会場に負けない熱気むんむんでした。私とタイ人の友達もVoterでないにもかかわらずオバマのOマークを作ったりステッカーを顔に貼ったりちゃっかり楽しんでいましたが！</p>

<p>　アメリカ人の政治の関心度の高さはこの講演会だけにとどまらず普段の生活でもしばしば感じられること。ジャーナリズム専攻の子たちが毎日、学校新聞を発行しているのですがほとんどの生徒が毎日読んでいて、午後に貰おうかなーと思うとすでにゼロ。また例えばふと友達に“誰に大統領になってほしい？”と聞けば誰でも“私は○○支持。なぜなら～”と必ず自分が支持する人の名前とその理由が明確に返ってきます。日本人によくありがちな“わからない。”“誰でもいいんじゃない？”“なんとなく”なんて答えはありません。むしろ自分が日本の政治について突っ込まれて詳しく説明できないことや自分が心から支持する候補者とそれに伴う根拠を考えもしなかったことに気が付き、カルチャーショックを受けました。</p>

<p>　日本人の感覚では“選挙にそんなに真剣になるなんてばかげている”と思いがちですが彼らにとっては自分たちの未来を左右する代表に会うチャンスに真剣にならないほうがおかしい。もちろん、アメリカ人の政治への態度を悪く言えば狂信的ととらえる見方もあります。その国の社会システムに適した独自の選挙方法があるのも当然で、どちらが良い悪いを決めるつもりはありません。ただ今回の経験を通して私は｢文化｣というものに触れたと思います。言語能力を伸ばすことだけでなく他文化を実際にこの目でみて、自分の文化について学ぶことも留学の醍醐味だなと感じる出来事でした。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
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    <title>サンタクロースと東方の三博士との間でコンフリクト？</title>
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    <published>2008-01-14T22:46:07Z</published>
    <updated>2008-01-14T22:52:06Z</updated>

    <summary>渡邊千秋（教員） アルカラ・デ・エナーレス大学 在外研究中 　在外研究に入って4...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">渡邊千秋（教員）<br />
アルカラ・デ・エナーレス大学<br />
在外研究中</font></p>

<p>　在外研究に入って4ヶ月になろうとしています。最初の2ヶ月は住居探しから始まって、滞在を安定させるための雑事に追われていましたが、最近になってやっと、落ち着いて周りを見る心の余裕が生まれたような気がしています。さて、そこで今日は、12月から1月にかけての「イベント」、降誕祭のスペインを描いてみようと思い立ちました。</p>

<p>　12月24日から1月6日にかけて、この国ではイエズス・キリストの誕生を祈念する日々、降誕祭が祝われます。ところで、EU域内のヒトの移動によってプロテスタント諸宗派の人々の姿が見られるようになり、またマグレブ地域からやってきた、イスラム教の信仰を持つ移民が増加しているとはいえ、やはりスペインは現在でもローマ・カトリック教の習慣を強く残す国だといえます。国や自治州の定める祝日もカトリックの暦から引いてきたものがとても多いのです。（自治州によって多少の差はあります。）その意味では、ここスペインでは、人々の生活空間は、無意識のうちに宗教的な影響を受けてしまっているのかもしれません。例えば、私がよく行く国立図書館も、法の定めるところに従って祝日は閉まりますから、クリスマスの12月24・25日は当然お休みですし、公現祭（エピファニー）の当日、6日だけではなく、その前後、5日と7日もお休みでした。（私はぼーっとしていて、7日にもう少しのところでのこのこ出かけていくところでした。）</p>

<p>　また、ここが「カトリックっぽい」と思われるのですが、東方の三博士が贈り物をもって生まれたばかりの赤ちゃんイエズス・キリストを訪れたのにならって、スペインの子供たちの大多数は、1月6日の公現祭で贈り物をもらうのが習慣になっています。</p>

<p>　ではスペインにはサンタクロースは来ないのか？といえばそうでもないというのが不思議なところです。私の住む住居のちょうど向かい側のご家庭では、23日の昼ごろにサンタクロースが現れました。等身大のお人形がちょうど山登りをするような格好で、私の側に背を向けて、窓に取り付けられたのです。きっとお子さんがいらして、そのために飾ったのだろう、と考え、ほほえましいような気分になったのもつかの間…周りを見回してみれば、TVコマーシャルでもサンタクロースがたくさん出てきますし、似たようなお人形は私が見過ごしていただけで、街のあちこちに飾られているのです。「サンタクロースが子供にプレゼントを届けるとすれば、『伝統的な』東方の三博士はどうなるんだろう？」素朴な疑問がわき、結果を見届けてから、この稿を仕上げることにしました。</p>

<p>　さて、6日、ニュースでは、全国で家族が子供に贈り物をする姿が放映され、伝統的な習慣がいまだ存在感をもつことがわかりました。実は、私が以前に長期で滞在した一昔ちょっと前には、サンタクロースの存在感はこんなに強くなかったのです。数人の友人に確かめましたが、やはりこの4・5年くらいで大きく変わったのだ、といっていました。またその友人のうちママになっている3人に聞いてみたところ、自分とパートナーは公現祭に贈り物をする、と、きっぱりと、まったく同じコメントが返ってきました。ただそこにはちょっとしたニュアンスがあって、おじいちゃん・おばあちゃんが既にクリスマスに子供にプレゼントしてくれている、というコメントもまったく同じ。</p>

<p>　日々、世俗化の進んでいく社会では、降誕祭の宗教的意義は直接的には薄れているのかもしれません。しかしながら、ニュースに現れた三博士は、一時退院のできない子どもたちがいる小児病棟にでかけ、大歓迎を受けていましたし、その様子を遠巻きにみている看護婦さんの目には涙が光っていました。こういう状況を眺めたあとだと、人は、冬の寒さに耐えながら馬小屋で赤ちゃんが生まれる、って大変だったろうなあ、と、ちょっぴり想像の翼を羽ばたかせることができるのかもしれません。実のところ、公現祭は、私たちの周りの、でもインビジブルな…普段の忙しさの中では目に入っていなかった「小さきもの」の存在に気づきを与えてくれる日。そしてまた、公現祭の機会にだけではなく、普段から、たくさんの、外見はまったく三博士っぽくない普通の人たちが、いろいろなところでこの世の「小さきもの」に身を奉げているのだという事実に気づかされる日。そんななかで、私はといえば、それじゃあお前は何をするのだ、という問いかけを受けている気がしています。答えは…なかなかでませんけれど。</p>]]>
        
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    <title>アメリカ文化を表すCM</title>
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    <published>2007-05-07T04:10:41Z</published>
    <updated>2007-05-07T04:12:19Z</updated>

    <summary>Mamie(国際経済学科4年) San Diego State Universi...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">Mamie(国際経済学科4年)<br />
San Diego State University<br />
交換留学中</font></p>

<p>　カリフォルニア州サンディエゴに交換留学生として来てからもうすぐ9ヶ月。帰国を間近としています。交換留学生であること、カリフォルニアという土地柄のせいで、多くの国の人と接する機会がたくさんありました。まさに多くの人種が集まっていて、その分とても住みやすい環境にあったと思います。</p>

<p>　留学していろいろ感じることはありますが、生活の中で、「ここはアメリカだ」と特に感じさせられるのはテレビCMです。CMはアメリカの文化をよく表していると思います。例えば、スーパーボウルというアメリカの人気スポーツであるアメフトの番組で、多くの人がスーパーボウル中に放映されるCMを楽しみにしています。なぜなら、どれもユーモア、耳に残るリズム、アメリカのイメージと言えるような金髪のセクシーな女性など、すごく馬鹿げていたり、印象に残るものがたくさんあり、どの会社も力を入れてCM制作しているからです。そのCMを友達や家族と一緒に楽しみにして観る習慣、またそのCMが人々の話題になるほどの影響力を持つ、ということがすごくアメリカらしいと思います。</p>

<p>　ある日、オーストラリアからのルームメイトが「アメリカは食べ物のCMばかりだ」と言っていました。確かに、日本ではないような脂肪分･カロリー何％カット、病気になりにくい、といったような言い方がとても多くて、それは冷凍食品･缶詰や飲み物のCMに多く見られます。だから、ファーストフードのCMは、ここのお肉がおいしいよと”tasty!”を強調して、いかにも「簡単、健康的」に見えるけれど、本当はそうじゃない･･･というようなアメリカの食生活を感じさせられます。</p>

<p>　日本車のCMもよく見られます。もちろん日本車はアメリカでたくさん見かけますが、CMは随分違います。日本では、高級感をアピールするコンパクトな車のCMを多く見ますが、こちらでは、大きなワゴン車が絶壁を猛スピードで走り、崖の手前で停まる、という思わずドキドキしてしまうような、実際のライフスタイルとはかけ離れたCMで、大きさ、速さなどを強調しています。このようなCMの違いから、日本企業がアメリカでどのように日本製品を売っているのかを垣間みることもできます。</p>

<p>　これらのCMの中の商品はアメリカ中に溢れていて、実際にアメリカで暮らしていると、それらがアメリカ文化そのものを表していることを実感します。今回初めて海外で暮らして、アメリカの文化に触れられただけでなく、一つの国にとらわれず多くの国の文化にも興味を持ち始めました。これから先、いろいろな国を訪れ、自分の目でその国独特の文化というものを見てみたいと思っています。今は日本に帰国して、家族や友人に久々に会うことを楽しみにしています。</p>]]>
        
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    <title>Good Luck!</title>
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    <published>2007-02-21T03:06:29Z</published>
    <updated>2007-02-25T22:49:08Z</updated>

    <summary>抱井尚子（教員） カリフォルニア大学サンディエゴ校 在外研究中 身近な生活の中に...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">抱井尚子（教員）<br />
カリフォルニア大学サンディエゴ校<br />
在外研究中</font></p>

<p>身近な生活の中にマクロの社会を見る、これは前回の歯科医院での経験を報告した際のテーマでもありますが、今回はまた新たな日常生活の出来事からマクロの世界を垣間見たお話をさせていただきます。</p>

<p>こちら米国カリフォルニア州サンディエゴで生活を始めてから、私は早朝6時のラジオのニュースで目覚めることを習慣にしています。しかし、6時のニュースは決まって前日にイラクで命を落とした米国人兵士の人数の報告から始まります。すがすがしい朝の目覚めを妨げるようなこのニュースですが、今のところ私はこの習慣を変えてはいません。</p>

<p>多くの日本人にとって恐らくそうであるように、私にとってイラクの惨劇は、現在のところ現実味のない遠く離れた異国の地で起きている出来事です。私とイラクの現実をつなぐものは、毎朝ラジオから流れてくるニュースと、新聞の活字といったメディアが発信する情報が中心で、その悲惨な状況を憂うことはあっても、目頭が熱くなるような情動レベルでの揺さぶりを経験したことはありませんでした。少なくともこの日の夜までは。</p>

<p>バレンタイン・デーを数日に控えたこの日の夜、大学から自宅に戻ると、アパートの部屋のドアに留守のため未配達となった荷物が管理オフィスにあるというメッセージが貼ってありました。留守がちな私にはよくある日常茶飯事のことでした。私はいつものようにそのメッセージを携えてオフィスに向かいました。今回、唯一いつもと違っていたところは、管理オフィスのカウンターで、心にとどめておきたい出来事が待っていたことです。管理オフィスのカウンター前では、体格の良い30代くらいの二人の男性が会話をしていました。どうやら彼らも、留守中で未配達となった荷物をここに取りに来ていたようでした。二人のうち一人の男性は、どういうわけか乳母車を持参していました。恐らく、受け取る荷物が多そうだったので、それらを乳母車で運ぼうと思ったのでしょう。乳母車をもってきた男性が、もう一人の男性に、「ワシントンDC経由でバグダッドに入るんだ」と言っているのが聞こえてきました。「バグダッド」という音の響きに、思わず私は彼らの話しに耳をそばだててしまいました。「そうか…でも、出発がバレンタイン・デーの翌日でよかったな」と、もう一人の男性。すると乳母車をもった男性が、「いや、13日にはここ（サンディエゴ）を発つ。DCからバグダッドに向かうのがバレンタイン・デーの翌日だ。ワイフは既に….」と、男性。彼が奥さんについて言及した部分は、私には聞き取れませんでしたが、彼の脇にある乳母車と「ワイフ」ということばに、彼が妻帯者であり、小さな子供もいるようだということが容易に推察できました。彼が軍人で、バレンタイン・デーを待たずに妻と子供をここに残して、日々多くの米国軍人が命を落とすバグダッドに向かうと理解したとき、私の中で熱いものがこみ上げて来ました。会話を交わしていた一方の男性がこの男性に「グッドラック！」と声をかけました。「ありがとう」と返すこの軍人に、まったく彼とは無関係の私まで、思わず「グッドラック！」と声を掛けずにはいられませんでした。イラクの惨劇が、私にとって急に身近な出来事と感じられた一瞬でした。</p>

<p>また、米国人の彼に「グッドラック！」と声援を送ったときの私の頭の中には、自分が日本人であるという意識や、国家という概念は明らかにありませんでした。社会心理学に個人的アイデンティティと社会的アイデンティティという概念がありますが、このときの私には、国家や民族といった社会的アイデンティティはなく、同じアパートに住む一個人としての個人的アイデンティティしかなかったといえるでしょう。個人的アイデンティティは、文化、民族、宗教、国家といった社会的カテゴリーに限定されない対人コミュニケーションを促進しますが、社会的アイデンティティがネガティブに働く場合は、ステレオタイプ、偏見、差別といった、“We vs They”という対立構造をグループ間に生みやすくします。現に内戦状態と化した現在のイラクの混乱も、宗派間抗争という社会的アイデンティティと深く関連した現象といえます（余談ですが、日本においても2006年12月の教育基本法の改正により愛国心教育の重要性が盛り込まれることとなりましたが、これがグループ間対立を助長するようなマイナスの効果をもたらすことがないよう祈るばかりです）。</p>

<p>世界で起きているさまざまな出来事を認知のレベルだけで理解しようとするとき、私たちは最も大切なものを見失いがちにならないでしょうか。また、社会的アイデンティティに縛られることで、私たちは出来事の真っ只中にいる当事者たちが私たちと同じように愛する家族や友人をもち、私たちと同じように笑い、泣き、怒り、喜ぶ人間であるということを忘れてしまいがちではないでしょうか。ミクロのレンズを通してマクロの出来事を見ると、これまでとは違う世界が見えてくるはずです。何はともあれ、とにかく今は、今夜偶然出会った私の隣人が、無事にイラクから帰還できるよう祈るばかりです。</p>]]>
        
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    <title>街全体がキャンパス！　粋なバーもあるサラマンカ大学</title>
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    <published>2006-12-08T02:30:06Z</published>
    <updated>2006-12-10T07:17:31Z</updated>

    <summary>浦山泰之（国際政治学科４年） スペイン　サラマンカ大学 法学部政治学科　交換留学...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">浦山泰之（国際政治学科４年）<br />
スペイン　サラマンカ大学<br />
法学部政治学科　交換留学中</font ></p>

<p>「ハァー、何言ってんだかわかんねーよ、ん？　あ、アルゼンチン人なんだ！あの先生。ドウリで聞き慣れないスペイン語なわけだ。」こんな話を友人と交わしながら毎日が過ぎて行く。場所はスペインのサラマンカというマドリードから３時間ほどバスで北西に行ったところにある小さな大学都市。日本との交換留学で来年の６月までお世話になる予定である。</p>

<p>大学で僕が所属しているのは法学部の政治学科。毎日は楽しい。授業がわからない時を除いて。スペインで政治というとあまりピンと来ない方が多いかもしれないが、それなりにメリットというのはあって、授業内容が日本のソレとはかなり異なる。スペインという国の地理的、歴史的観点によりヨーロッパに的を絞った授業や中南米に関する授業が非常に豊富だ。元々中南米の文化、歴史に興味があった自分としては相当恵まれた環境である。問題は、やはり語学力。こればっかりは辛抱強く勉強して行くしか上達の道はない。「これはどうしてだと思う？」、教授が学生に問う。学生が答える「○○○○」、「うん、そうだね」。ちょい待った！もう一回お願いできる？と聞けるはずもなく授業は僕をおいて次のテーマへ。これが一番ストレスの溜まるパターンだ。とまあ嘆いていてもしょうがない。なんとかやって行こうと今日もまた本を広げる。</p>

<p>サラマンカの生活は非常におもしろい。街は完璧な大学都市で、大学がこの街の中心と行ってもちっとも過言ではない。街中にキャンパスが点在し、授業の度に街を横断したりしなくてはいけない。日本によくある校門をくぐってそこにあらゆる学部棟が詰まっている印象とは少々異なる。とにかく、街全体がキャンパスなのである。そこまで大学と街が融合するとその境というのも非常に曖昧になってくる。あらゆるキャンパスがそれぞれにバル（バー）を備え、そこにはもちろんビールからラム酒（美味）からすべてそろっている。学生に混じっておっちゃんが新聞を広げているし、バルの主人はチョビ髭なんか生やしてすっかり貫禄が付いている。キャンパス内で酒を飲んだら退学の我が悲しき（？）大学とは相当趣が異なる。他にも通学路にあるスペイン一美しいといわれる広場、荘厳なカテドラルなどは一見の価値ありだ。今はこの些か現実離れした生活を楽しみながら、毎日をどうやって充実させてやろうか、と意気込んでいるところである。</p>]]>
        
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    <title>UNESCO バンコクで修行中</title>
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    <published>2006-12-04T01:45:43Z</published>
    <updated>2006-12-04T01:47:43Z</updated>

    <summary>OG（2005年卒） United Nations Educational, S...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">OG（2005年卒）<br />
United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization<br />
Bangkok Regional Bureau<br />
Intern</font></p>

<p>こんにちは。今年の9月に英国で修士課程を修了し、10月からUNESCOのバンコク地域事務所でインターンシップをしている国際政治経済学部の卒業生です。まだ一ヶ月程度しか仕事はしていませんが、仕事内容やタイについて簡単に紹介したいと思います。</p>

<p>インターンシップ開始後1-2週間でUNESCO, UNESCO Bangkok, 私が所属する部署の報告書などを読みながら組織を理解したり、教育統計について学んだりしていました。また、私はEducation For All (EFA) Mid-Decade Assessment (MDA) technical workshopという大きなイベント前という時期にインターンシップを始めたので、ワークショップのための資料作成の補助や下書きを主に行っていたため、まだ本格的には仕事をした気がしません。一応、応募のときの職務内容はEFA MDAのregional reportのためのデータ分析という、ちょっと生意気なものなので、これから楽しみです。</p>

<p>国連機関で働いていて感じることは、国連は経済学的に非効率かもしれない分野もカバーしなければならないということです。UNESCOの教育分野で一番力を入れているのはEFAの達成で、これは教育の普及と質の向上を目指すものです。特に強調されるのは、”un-reached” groupへの教育の普及, 特にchildren with disability, 少数民族、rural area, low caste, 女子などの教育水準を高めることです。経済学や民間企業ではMR=MCとなるところまでしか投資されないかもしれませんが、vulnerable peopleを守る国連ではそうもいかないのです。</p>

<p>最後にまだタイについて語れる程滞在していませんが、タイに居て感じたことを少し紹介したいと思います。タイは日本人にとってとても暮らしやすいと感じます。バンコクは日本以外で日本人が一番多く住む街らしく、自然と日本のモノも多く出回っています。文化的にも日本と似ているところがあって、例えば目上の方々を尊敬すること（目上と年下では言葉遣いが違ったり、「〜さん」にあたる”Khun”を名前の前に付けたりします）、会釈をすること、あまり路上で知らない人に話しかけられないことなどが挙げられます。私が好きなのはお礼を言うときや初対面の相手に挨拶をするときに手を合わせる（ワイと言います）こと、それから私は” The power of speaking Thai”と呼んでいるのですが、タイ語をほんの少しでも頑張って使うと会話が弾んだりとても良く接してくれたりすることです。タイ人は穏やかで優しくそして経済不況にも落ち込まないような強さを持った人々という印象を持っています。</p>

<p>私が今年タイに住めてラッキーだなと思ったのは、今年は王様の即位60周年であることです。黄色が王室への忠誠を表す色であることは周知の事実ですが、タイでは王様が月曜日に生まれたということで月曜日は「黄色の日」となっています。さらに今年は王家の紋章が付いた60周年ポロシャツ（黄色）が広く出回っていて、月曜日はほとんどの人がそのポロシャツを着ています。オフィスでもOKです。タイ語で”I Love the King”と書かれたTシャツ（黄色）や車などに貼るスティッカーもあります。その他に私が驚いたことは毎日夜8時になると5つのTV局で一斉にその日の王室の公務を紹介する番組が流れることです。タイの王室が国民に愛されていることを日々感じます。</p>

<p>バンコクの繁華街にもクリスマスツリーが並び始めました。<br />
皆様良いクリスマスと新年を。</p>]]>
        
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    <title>映画鑑賞中に歯科治療！？：アメリカの医療事情を垣間見る</title>
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    <published>2006-10-26T01:52:32Z</published>
    <updated>2006-10-26T01:57:52Z</updated>

    <summary>抱井尚子（教員） カリフォルニア大学サンディエゴ校 在外研究中 　　私は現在、カ...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">抱井尚子（教員）<br />
カリフォルニア大学サンディエゴ校<br />
在外研究中</font></p>

<p>　　私は現在、カリフォルニア大学サンディエゴ校があるラ・ホヤという街に住んでいます。ラ･ホヤとはスペイン語で「宝石」(La Jolla)という意味ですが、太平洋に臨むこの街は、その名に負けない本当に美しい街です。ところで、先日突然の歯痛のため、この街にある歯科医院を訪れました。久々にアメリカの歯科で診療を受けて、あらためて気がついたことを今回は３点ご紹介いたします。</p>

<p>　　第一点目は、初診時に記入しなければならない書類の多さです。アメリカでは歯科に限らず医療クリニックを訪れた場合、何ページにもわたる書類を渡され、症状、病歴、アレルギーの有無に関していやになるほど細かい情報を記入した後、「記載内容に偽りがない」という書類に署名します。この書類を受付に渡すと、ようやく診療台のある部屋へ通され、歯科衛生士によるインテーク・インタビューが行われます。問題のある歯はどこか、どのような問題があるのか、いつごろから症状があるのか、などを歯科衛生士に告げると、その情報が歯科医に渡され、歯科医が患者に診療内容を説明します。そして患者は、「十分な説明を確かに受けた上で治療に同意します」という意思表示として、インフォームドコンセントに署名をします。このように、実際に治療が始まるまで、書面でのやりとりを何度も行う必要があります。久しぶりにこのプロセスを体験して、「さすが契約社会、さすが医療訴訟大国」と改めて痛感しました。</p>

<p>　　第二点目は、患者とのコミュニケーションを助ける最新技術の活用です。先日訪れた歯科医院では、診療台のところにPCのパネルスクリーンが置いてあり、患者の緊張を和らげるためか、南の島の透き通るような海、やしの木、そして青空といった、ブルーを基調としたスクリーン・セーバーの画面が映し出されていました（私の場合、スクリーン・セーバーの画面に負けないぐらい美しいラ・ホヤの「現実」の海が窓の向こうに見えていたので、もっぱらそちらに見とれていたのですが…）。歯科医は、チューブの先にカメラが付いた胃カメラのようなものを用いて、問題のある歯をあらやる角度から撮影していきます。そして最後に、「Smile!」と言って、私の顔写真も撮影しました。これらの写真はすぐにパネルスクリーンに映し出され、歯科医は私の歯の状態を写真で見せながら、治療の方針について丁寧に説明します。まさに「ハイテクを用いた説明と同意」という感じでした。歯科医によると、最近は歯科トレーニングの中でもPatients Education（患者教育）が重視されており、写真を駆使した説明もこの考え方に基づく方法の１つであるとのことでした。さらに驚いたのは、すべての歯が図で示された映像が画面に表示され、歯科医が衛生士に問題のある歯の状態を伝え出しました。すると衛生士は、リモコンのようなものを巧みに操作しながら、これらの情報を次々と入力していきました。その効率の良い作業を見ていて、人間の認知活動において道具を不可分のものと捉える分散認知の格好の研究事例になると思いました。</p>

<p>　　第三点目は、競争原理を背景とした徹底したサービス精神です。今回の治療には、虫歯2本の治療と親知らず1本の抜歯で3時間近くかかりましたが、その間私は、なんと口を開けたまま映画を鑑賞していました。ゴーグルのような形をしたメガネの内側に映像が映し出され、歯科医お勧め（？）の「Monster in Low」を鑑賞しました。口を開けたままなので少し違和感はありましたが、治療中の痛みもほとんど感じず、飛行機の中での映画鑑賞以上に快適でした。映画を見に来たのか歯の治療に来たのかわからないでいるうちに、映画と治療はほぼ同時に終了しました。もちろんすべての歯科医院で治療中に映画鑑賞ができるわけではないでしょうが、とにかく治療の現場での徹底したサービス精神に改めて感心させられました。</p>

<p>　　このように、一度の歯科医院訪問でも、医療訴訟大国、科学技術大国、市場経済主義大国といった、アメリカが持つさまざま側面が浮かび上がってきたように思います。このようなアメリカの医療の現状を、皆さんはどう思われたでしょうか。「羨ましい」と思われた方も少なくないかもしれません。しかし、忘れてはならないことは、この国では医療がマーケット化しサービスの質が向上する一方で、誰もがその恩恵に授かれるわけではないということです。全般的に治療費（特に歯科）は高額です。さらに、日本のような国民皆保険制度を導入しておらず、医療保険の中心は民間企業が担っているため、人口の１５％が無保険者です。また、歯科の保険は医療保険とは別であるのが一般的で、医療保険はもっていても歯科保険は持っていないという人も少なくありません。結局、どれだけすばらしいサービスが存在しようとも、それを享受できる人間は限られているということです。このようなアメリカの医療システムの中に、この国の光と影が象徴されているような気がします。</p>]]>
        
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    <title>海外から認識する日本と日本人</title>
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    <published>2006-08-17T14:03:23Z</published>
    <updated>2006-08-17T14:13:18Z</updated>

    <summary>福井　由香里　(2004年卒) University of Maryland, ...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">福井　由香里　(2004年卒)<br />
University of Maryland, School of Public Policy 　卒業　(2006年)</font></p>

<p>今年5月にめでたく大学院を卒業し、現在米国において環境関連NPO/NGOを中心として仕事探し中です。つい最近まで国際政治経済学部のwebsiteに海外からのお便りコーナーがあることを知らなかったけれど、たまたま私の大学に短期研修で20人の学部生がやってきて、このコーナーのことを知らされたので、書いてみようという気になりました（本当は引率の某先生に頼まれてしまったのだけれど）。アメリカの大学生活が過酷なことは既に広く知られていることだと思うので、それよりも、今回はメリーランドで認識した｢意外に日本(人)って知られていない｣ことについて書いてみたいと思います。</p>

<p>「アメリカの最重要同盟国、経済世界第二位、このところ日本人俳優がハリウッドに進出しているし、ジブリの映画も世界進出しているし･･･。」なんて、世界の人々、特にアメリカ人が日本についてよく知っていると思ったら大間違い。このことは青学在学中に交換留学で行ったシアトルではあまり気づかなかった。米西海岸は距離的に近いこともあって日本人がたくさんいるからだと思う。日本食のレストランも多い。それに対して東海岸のメリーランドや最も近い大都市であり首都でもあるワシントンDCには意外に日本人が少ない。DCの街で日本人を見かけることはほとんどないし、メリーランド大学の3万人以上の学生のなか、日本人は百人足らずといわれている。最初の1年間、私の学部での日本人は私一人だった。そのため、そこら中にウジャウジャいる中国人と違ってかなり珍しがられていい気分だったが、少し失望感も味わった。大学院ともなると、さすがにみんな日本がどこにあるのかくらいは知っている。しかし、SONYやFuji Filmといった一流企業が日本出身であること、東京の地下鉄がNYのそれよりも複雑であること、日本の通貨が円であること、日本語でYesは「はい」であること、その他いろいろなことを、みんなは知らない。「はい」に関していえば、ある日私の携帯に日本人から電話がかかってきて｢はい、はい｣と返事をしているのを聞いていた私の親友が「I thought Yukari became crazy」と言うのである。聞いてみると「Hi! Hi!」と何十回も繰り返し挨拶をしているのかと思ったそうで･･･。日本人についても侍時代の日本のイメージが強いらしく、日本人の女性は静かで従順だと思っていたらしい。男に向かって平然と怒鳴り返し、Partyでは酒を飲みまくる私を見て、ところがどっこいといった感じか。そんな友達に正しく説明するために、私自身、日本人が何であるかを考えなければならないことがしばしばあった。</p>

<p>メリーランド大学の図書館には<a href="http://www.lib.umd.edu/prange/index.jsp" target="_blank">プランゲ文庫</a>というものがある。そこには戦後（１９４５−４９）にＧＨＱの民間検閲局が日本の出版物を検閲した際の、約600,000枚に及ぶ検閲関連文書が保存されている。そのプランゲ文庫に先述の夏期研修中の青学生が見学に来た。この頃は学力低下が叫ばれているし、冷めた子が多いので、こういうものにどこまで興味を持つか疑問だったけれど、ことのほか興奮して帰っていった。私の時もそうだったけれど、日本から遠く離れたこの地で日本を学ぶことの意外さが一役買ったのだと思う。日本で普段｢日本は平和だ｣とか「日本は戦争に負け、アメリカによって作り直された」とかいう話を聞き飽きるほど聞かされていると、それが当然の事実になっていて、感じることや考えることをしなくなっている。それが、遠くアメリカに来て、日本にすら残っていない戦後間もない日本を目の当たりにすることによって、「なぜそこまで大事に保存しているのだろう」という疑問がわいてくる。</p>

<p>普段日本にいて当然に映って見える日本や日本人、更に言えば自分自身が、外からの視点を知ることによって、当然ではないことを思い知る。｢なぜ？｣という言葉が次から次へと飛び出してくる。答えが見つからなくてもいい。海外を知ることもそうだが、客観的に日本を考えるようになることも、海外生活の醍醐味だと思う。距離的にも文化的にも日本に近いようで近くないアメリカ東海岸は、そういう醍醐味を味わえる場所だと思う。そして、この地で20歳前後の青学生の初々しい感動を見ることができて、なんとも新鮮な2週間だった。学生のみなさん、どうもありがとう。久しぶりに日本のおいしい食事にありついて、とことん日本に感謝してください。</p>]]>
        
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    <title>スペイン便り</title>
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    <published>2006-06-07T02:43:08Z</published>
    <updated>2006-06-07T02:52:25Z</updated>

    <summary>Sayo(国際政治学科4年）  UNIVERSIDAD DE ALCALA; A...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">Sayo(国際政治学科4年） <br />
UNIVERSIDAD DE ALCALA; ALCALINGUA<br />
（アルカラ大学）留学中</font></p>

<p>こんにちは。私は3月からスペインに留学中です。まだまだ留学生活は始まったばかりという感じですが、スペインについて少しみなさんに紹介したいと思います。</p>

<p>日本はそろそろ梅雨入りの季節でしょうか？スペインはもうしっかり夏に入り、連日40度を超える暑さが続いています。いくら乾燥しているといってもやっぱり暑いです。スペインには午後の2時から5時くらいまでSiesta(シエスタ)というお昼寝の時間があり、この時間帯はスーパーもお店も全部閉まります。最初は、午後の活動的な時間を休んでいるなんてナマケモノめ…と思っていましたが、夏のこの時間帯に外を出歩くのはなかなか大変です。シエスタの存在意義はしっかりありました。（でも夏以外はいらないのでは…。）</p>

<p>スペインはキリスト教国で、国民の多くがカトリック信者です。そのため、イースターの前の1週間（Semana Santa聖週間）にはスペイン各地で行事が行われます。荘厳な雰囲気の中、重々しい音楽とともにキリストや聖母マリアの像を乗せた山車が町の中をまわり、その前を覆面をかぶった人達が大きな蝋燭や十字架を担いで歩きます。日本にはない伝統なので、イースターの時期にスペインに行かれる方がいらっしゃったら是非見に行ってみて下さい。Sevillaという町のSemana Santaはとても有名です。</p>

<p>スペインには歴史を感じられるような古い建物や街がたくさん残っています。先日、学校が休みの日を使ってトレドというスペインの古都に行ってきました。スペインは8世紀から15世紀にかけてイスラム勢力に支配されていたという歴史を持っているため、色々なところにイスラム文化の名残を感じることができます。キリスト教文化とイスラム教文化が融合したものをムデハル文化と言うのですが、トレドではこのムデハル様式の建築物をたくさん見ることが出来ます。イスラム文化とキリスト教文化の融合はスペイン独特の文化であり、ほかではなかなか見ることは出来ないのではないかと思います。ちなみにこのトレドという街、ジブリ映画『魔女の宅急便』のモデルになった町でもあります。</p>

<p>スペイン人は全体的にのんびりしています。セカセカ働いている人もいないことはないですが少ないと思います。日曜日、日本ではお買い物をしたり友達と出かけたりしますよね。でもスペインでは日曜日はしっかりお休みなんです。日曜日なんてものすごい稼ぎ時のように思えるのですが、ショッピングモールもどこも全部お休みです。町の中心にある広場に出かけても、日曜日のお昼前はほとんど人通りもないくらいです。家でのんびり過ごすのが鉄則のようですね。でもこんなにのんびりしているのに、何故かみんな信号だけは待ちません。歩行者信号はあってないようなものです。子供から大人からおじいちゃんおばあちゃんまで、絶対青になるまで待つ人はいません。信号待ちしてると不思議な目で見られます。</p>

<p>スペインに2ヶ月半滞在して思うことはたくさんありますが、今回はこの辺で終わりにしておきます。この手紙でスペインの魅力が少しでもみなさんに伝わることを願っています。<br />
ではまた。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>４ヶ月の留学生活を振り返って</title>
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    <published>2005-12-24T04:43:01Z</published>
    <updated>2006-02-17T04:15:43Z</updated>

    <summary>Hiroshi（05年研究科修士課程修了） MLitt in Internati...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">Hiroshi（05年研究科修士課程修了）<br />
MLitt in International Political Thought<br />
School of International Relations<br />
University of St Andrews在学中</font></p>

<p>はじめまして。スコットランドのセントアンドリュース大学に2005年9月から留学しています。12月半ばにエッセイを提出して、ようやくクリスマス休暇に入りましたので、こうしてみなさんにお便りを書いています。</p>

<p>この4ヶ月を振り返ると、とにかく何も分からないままに、やらなければならないことをこなして終わってしまった、というのが正直な感想です。おそらく皆さんが興味を持っているであろう、イギリスあるいはスコットランドの人々、生活、文化、大学の制度などに関して、満足のいくようなお話はまだできないかと思います。</p>

<p>それでも一つ身に染みて感じていることは、人との繋がりが何よりも大切だということです。日本にいる家族や友人はもちろん、ここで一緒に勉強している友人、同じ寮に住んでいる友人、大学の先生方など、諸々の方々のおかげで今の生活が成り立っているわけですし、また留学を実り多きものにするためにも、彼らと関係をいかに構築していくかが最も重要なことなのではないかと思います。このお便りもそういう想いからみなさんに宛てています。</p>

<p>今日（23日）、家族からクリスマスプレゼントが届きました。家族からクリスマスプレゼントを貰ったのはいつ以来でしょうか。もう覚えてないですね。おそらく10年近くは貰っていないのではないかと思います。些細なことではありますが、改めて、家族との繋がりが留学の大きな支えになっていること、そしてそれがいかに大切であるかということを実感しています。</p>

<p>クリスマスといえば、ここセントアンドリュースは静かで穏やかな雰囲気です。この時期には、欧米から来た学生のほとんどは実家に帰り、クリスマスは各家庭で過ごすので。セントアンドリュースは学生の街なので、学生がいなくなると街の雰囲気は大分違いますね。今年は東京もずいぶんと寒いようですが、みなさんもよいクリスマスと新年をお過ごしください。</p>

<p>今後もちょくちょくお便りしようと思っていますが、留学やセントアンドリュースに興味のある方は、<a href="http://blog.drecom.jp/hoaatstandrews/">私のブログ</a> もご覧になってみてください。もう少し日常的なことが分かるかと思います。ブログに載せているメールアドレスにも遠慮せずにご連絡頂ければと思います。このお便りがみなさんにとってもよい繋がりとなることを願っております。</p>

<p>最後に、先日撮った写真を一枚お送りしますね。クリスマスの飾り付けがされたセントアンドリュースの街角です。それではまた。<br />
<img alt="scotch_tree.JPG" src="http://blog.sipec-square.net/par-avion/img/scotch_tree.JPG" width="200" height="250" /></p>]]>
        
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    <title>ＮＹの住宅事情：レント コントロールと経済政策におけるマーフィーの法則(?)</title>
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    <published>2005-12-24T04:11:52Z</published>
    <updated>2006-02-14T07:07:31Z</updated>

    <summary>中川浩宣（教員） 米コロンビア大学 在外研究中 ところ変わればということでしょう...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">中川浩宣（教員）<br />
米コロンビア大学<br />
在外研究中</font></p>

<p>ところ変わればということでしょうか。ここＮＹでは日本では考えられないような出来事は枚挙にいとまがないほど多いわけですが、今回はオーソドックスな話題に限定し、ＮＹマンハッタンの住宅事情とレント コントロール（家賃規制、賃料規制と訳されるでしょうか）についてお伝えします。</p>

<p>ＮＹマンハッタンでは多くの賃貸住宅にレント コントロールが適用されており、その規制が故に、既存の（普通にhabitableな）賃貸住宅の空きは滅法少なく、他方、規制適用外の物件は、その賃料の高騰甚だしく（住宅バブルが拍車を掛けてます）、今回の私のケースのようにアパートを求める需要サイドからしますと、賃貸アパートを探すのは容易でないことは想像に難くないでしょう。レント コントロールは価格統制であり、自由取引における市場価格を下回る水準にレントが人為的に抑えられていることから、供給サイドのアパートの貸し手もメンテナンスを行うインセンティブを失い、結果的に既存住宅の劣化が進むことが考えられます。更に、新規の賃貸住宅はと言うと、規制対象になる可能性が恐れられ、こちらの住宅投資も促されず。（増殖するのは商業ビルばかり。）したがって、ネットでみれば賃貸住宅供給は長期的には縮小傾向にでさえあるのです。</p>

<p>私の場合も御多分に洩れず、ＮＹ入りしてからアパート探しには随分と苦労しました。一時は途方にくれてたこともあったと言ったら大袈裟でしょうか。最終的には、不動産屋さんの知り合いが部屋を貸して下さることになり、大学付近に住処を確保することができました、幸いにも。考えてみますと、資産の取引において通常はマーケット メカニズムによるマーケット クリアリングの適用を最も重視する国で、今回は実質的にノン マーケットでようやく取引が成立したのは何とも皮肉なことです。</p>

<p>さて、上で述べたようなレント コントロールの弊害については、経済学者の間でも最もコンセンサスが得られているところであります。にもかかわらず、そうした規制が撤廃されないのは由々しき事態です。ポール クルーグマンいわく、これはアラン ブラインダーのいう ”Murphy’s Law of Economic Policy” （経済政策におけるマーフィーの法則）に当てはまる、そうです。つまり、我々の理解度が高く、ほぼunanimousな同意が得られている政策インプリケーションに限って、現実には生かされていないという意味で。</p>

<p>レントコントロールも含め、様々な問題を抱えるＮＹですが、この街が「人種のるつぼ」である故に人々は自由を実感できますし、宗教の問題こそあれ、クリスマス（あるいは一般的にholiday season）も皆に平等に訪れます。ロックフェラーセンターのツリーも煌びやかです。それを見る度に、青山キャンパスのツリーと点火祭が懐かしく思い起こされます。ロックフェラーセンターの今回のツリーは隣の州にあったノルウェー トウヒだそうですが、毎年どこかで巨木が切られていると思うと見るに忍びない気もします。ですから、そのような残酷さとは無縁の青山キャンパスのクリスマスツリーと点火祭に軍配。</p>]]>
        
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    <title>英国大学院生活始まりました</title>
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    <published>2005-10-16T04:37:26Z</published>
    <updated>2006-02-14T07:07:31Z</updated>

    <summary>M.O（05年卒業） University College London M.S...</summary>
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        <![CDATA[<p><font size="+1">M.O（05年卒業）<br />
University College London<br />
M.Sc. Economics　在学中</font></p>

<p>　先月の26日にコースが始まりました。一週目は数学、二週目前半は統計学のリフレッシャー・コースがありました。数学は私にとっては全く復習ではなく、びっくりするほと上級だったのですが…。マクロも同じ週の後半から始まり、３週目から今学期必修のミクロと計量経済学が始まっています。今学期はこれら3つのコア・サブジェクトを学びます。各教科週に2-3回の講義、そして来週からはtutorial（イギリス特有の少人数クラスです）が各教科毎週１回ずつ始まります。</p>

<p>　コースの印象としては、とってもインテンシブであるなぁ、と身に染みて感じています。経済学の性質からか知りませんが、MSc.Econは他のコースに比べて極端に授業が多く（他のコースは週に2-3コマです）他の学生との温度差を感じます。彼らは大いに楽しんでいるようです。</p>

<p>　経済学部の周りの学生は社会人経験のある方が多く、会社や銀行から派遣でいらしている方もいらっしゃいます。そんなわけで、学部からそのまま来てしまった私はとてもナイーブに思えてしまいます。</p>

<p>　もし留学して大学院（経済学）を目指している方がいらっしゃいましたら、是非数学と統計学、計量経済学を学部でしっかり習得されることを強くお薦めしたいです。私みたいにあいまいにして来てしまうととても苦労しますよ。</p>

<p>　それでは、またお便りいたします。</p>]]>
        
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